創造は孤独な世界であり、歴史を変えるひらめきが天才に降臨する。そんな「孤高の天才」のイメージは、実は神話にすぎない。真のクリエイティビティとイノベーションは、親密な人間関係や社会のネットワークのなかで生まれ、育まれる。それがこの本の出発点だ。
では、天才たちはどのようにイノベーションを成し遂げるのだろうか。そのプロセスを分析するために、著者は人間関係の基本である2人組に注目する。創造的な2人が出会って「クリエイティブ・ペア」を組み、関係が発展して、全盛期を謳歌し、突然あるいは必然的な幕切れを迎える。そんな「ペアの生涯」を6つのステップでたどりながら、創造性と人間関係のダイナミズムを描き出していく。
ペアを組むことになる相手と出会い、人間関係の化学反応が始まる(ステップ1・邂逅)。互いに関心を持った2人はペアという呼び名にふさわしくなり、「私」より「私たち」が前面に出てくる(ステップ2・融合)。2人の役割や位置関係が見えてきて(ステップ3・弁証)、さまざまなバランスを取りながら関係が発展する(ステップ4・距離)。やがて2人のクリエイティビティが花開くが、ペアの力学に微妙な変化も生じる(ステップ5・絶頂)。そして、出会いがあれば別れが訪れる。だたし、真のペアになった2人の関係は、本当の意味で終わることはない(ステップ6・中断)。
クリエイティブ・ペアが発展するためには、刺激を与え合い高め合うだけでなく、補完し合う関係が不可欠だ。2本の川が合流して関係が成熟する過程で、自分たちにふさわしい距離感や役割分担を探り、コーペティション(協力〔cooperation〕と競争〔competition〕)を深めていく。合流した2本の流れを、完全に分かち元に戻すことはできない。
2人は人間関係の基本単位だが、クリエイティブ・ペアは1プラス1を無限大にできる。2人は躍動感あふれる単位でもある。著者の言葉を借りれば、テーブルは3本脚で安定するが、歩いて走って転ぶのは2本の脚だ。
本書に登場するクリエイティブ・ペアは、名前も功績も、数々のエピソードも、多くの人が知っている天才たちだ。ジョン・レノンとポール・マッカートニー、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホと弟テオ、キュリー夫妻、作家のC・S・ルイスとJ・R・R・トールキン、アニメ『サウスパーク』のマット・ストーンとトレイ・パーカー、心理学者のダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキー、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOとシェリル・サンドバーグCOO、ライト兄弟、NBAのマジック・ジョンソンとラリー・バード、投資家のウォーレン・バフェットとチャーリー・マンガー……。
なかでも象徴的な存在は、ジョン・レノンとポール・マッカートニーだ。彼らの軌跡はまさに、クリエイティブ・ペアの6つのステップを再現している。2人が手がけたビートルズの曲は「レノン・マッカートニー」のクレジットが多い。それでもジョンの曲とポールの曲を「区別できる」と主張する熱心なファンは、残念ながら孤高の天才の神話にとらわれていると、著者は言う。
さらに、ビートルズの解散をめぐっては、時期や経緯について今もさまざまな説が語られている。ポールの人生のなかで、ジョンとの関係が、良い意味でも悪い意味でも生きつづけていることは確かなようだ。「複雑な感情が入り混じったメッセージと、腹立たしいやり取りと、あからさまな侮辱とともにひとり残され、生涯、反芻しなければならないのだ」
この本の特徴は、広く公開されている資料や一般に知られているエピソードを重ねながら、人間関係の普遍的なパターンを見出そうとしていることだ(本人や近い関係者にも、数多くインタビューを行っている)。しかも、2人組の関係が成熟するプロセスを追いかけながら、たくさんのクリエイティブ・ペアのドラマが同時進行する。これら2つの特徴は、前者は単調になりがちで、後者は話の流れが見えにくくなりかねない。
それを支えるのが、著者のストーリーテリングだ。本人の言葉や周囲の証言を的確に引用し、興味をそそるエピソードをつなげながら、私たちの好奇心を満たし、才能豊かなクリエイターやカリスマたちへの憧れを刺激する。有名ゴルファーを支える無名のキャディの存在に、私たちは胸を躍らせる。天才に畏怖を覚えるからこそ、彼らにまつわる神話や定説が覆されるのは楽しいものだ。彼らも普通の人間だと思い、やはり天才は違うと感心する。
「孤高の天才」が神話だとしても、著者が選んだようなメジャーすぎる2人組には、やはり神秘性を感じずにいられない。それぞれのペアだけで本を1冊書けそうな、魅力的なエピソードも満載だ。しかし、いわゆる運命の出会いも、共通の人間や関心が仲介している場合が多い。奇跡や偶然だけでは行き詰まるだろう。クリエイティブ・ペアは、引き寄せられるのではなく、2人がそれぞれ出会いを引き寄せるとも言える。そして、出会いの先へと発展していくプロセス─「私」ではなく「私たち」として成長し、2人の周囲に人間関係のインフラが築かれていくプロセス─は、意外に地道で人間くさい。
最後のエピローグで、人間関係の6つのステップを、著者は自らを題材に検証している。私たちが読んでいるこの本を編んだ物書きと編集者は、どのようなクリエイティブ・ペアなのだろうか。著名な2人組から普遍的なパターンを見出すという試みが、ひとつのかたちになっている。
創造やイノベーションの担い手である2人組を通して浮かび上がる人間関係の構図は、私たちの日常のさまざまな関係にもあてはまる。自分の人生を変えるような出会いを経験し、初対面で2人のあいだに火花が走るのが確かに見えて、その人といると1プラス1が無限大になるような力を感じる。そんな人間関係に誰でも憧れるだろうし、きっと経験したことがあるだろう。そんな出会いの意味を理解できれば、私たちの世界が広がるかもしれない。
著者のジョシュア・ウルフ・シェンクは、ロサンゼルス在住のエッセイスト、ライター、キュレーター。アトランティックやハーパーズ、ニューヨーカー、ニューヨーク・タイムズなどの主要メディアに寄稿している。一般の人々が体験談を語るストーリーテリングのイベント「モス」に立ち上げから関わり、心理学的な視点から創造性を研究するディスカッション「アーツ・イン・マインド」を主宰している。
前著『リンカーン─うつ病を糧に偉大さを鍛え上げた大統領』(明石書店、2013年)では、躁うつ病(双極性障害)だったことで知られる第16代米大統領エイブラハム・リンカーンについて、その精神状態が歴史に残る政治手腕に結びついたというユニークな分析を行っている。
矢羽野 薫