過激な発言や過去のスキャンダルのために共和党候補にすらなれないと思われていたドナルド・トランプが、世界最強国家アメリカの次期大統領となることが決まった。リーマン・ショックに端を発する不況が、世界を不安で包み込もうとしていた中、若く聡明なマイノリティのバラク・オバマに希望を託した人々が、8年後の今は、対極とも思える人物をリーダーに選んだのである(その選挙制度のため、得票数自体はヒラリーが多かったけれど)。
アメリカは、この8年間で決定的に変わってしまったのだろうか。それとも、極と極の間で揺れ動くことは、もともとアメリカが持っていた性質なのだろうか。移民の国をアイデンティティとするはずなのに移民排斥活動が盛んになったり、黒人大統領が誕生して統合へ向かうかと思えば黒人差別をめぐる暴動が多くの都市で起ったり、数え切れないほどのノーベル賞受賞者を産む科学大国なのに未だに進化論を学校で教えることに反対する人が多く存在する。アメリカは何ともとらえどころのない国だ。
アメリカ研究を専門とする著者は、アメリカの歴史を建国のときから現代まで、政治、経済、芸術や文化の側面を交えながら概観することで、多角的にアメリカの真の姿へと迫っていく。本書はアメリカの通史ではなく、アメリカとはどんな国なのかがより良く分かるためにトピック・時代毎に重み付けがされた、書名のとおりアメリカの“履歴書”である。また、この本は大学の1・2年生向けの講義ノートをもとにまとめられたものであり、2003年に初版が出版された。第2版として21世紀のアメリカの章が追加された本書は、2017年に大きな変化を迎えるアメリカを知るための絶好の入門書となるはずだ。各章の最後には、「さらに理解を深めるための参考文献」が紹介されており、この本をきっかけにアメリカにどっぷり浸かることもできる。
アメリカという国を大まかに理解するために、最初に注目すべき特徴は、「この国が、いわば未完成の実験国家として歩み続けているという点である」と著者は説く。アメリカが実験国家であることは、何の基盤もないところに人工的に国家を作り上げる必要があった国造りのときからの、いわば原罪のようなものである。国民共通のアイデンティティを作り上げ、より完全な国家として多様過ぎる国民を統合するために、アメリカはあらゆる手段を実験する必要があったのだ。もちろん、多様な出自の人々は、自らの独自の価値観を保とうとする。この統合と多元化という2つの相反するベクトルが、互いに影響しあいエネルギーを生み出すという特殊な前提条件が、アメリカにダイナミズムをもたらしてきた。
本書ではアメリカを知るためのキーワードがいくつも紹介されているが、アメリカのピューリタン的側面を知るためには、アメリカン・ジェレマイアッド(アメリカの嘆き)という概念が役に立つ。ジェレマイアッドとは旧約聖書に起源を持つ言葉であり、ヨーロッパキリスト教にも受け継がれているテーマだが、アメリカのピューリタンのジェレマイアッドはそれとは異なる意味合いを持つ。アメリカのジェレマイアッドは、聖書からの引用・現実世界の腐敗への批判と嘆き・努力によって新大陸が約束の地となるという予言、という3部構成となっている。ジェレマイアッドの概念は世俗化され、多くのアメリカ人が思考の根底に持つこととなる。
このジェレマイアッドがどのようにアメリカに根を下ろしているか、著者は以下のように解説する。
「自分たちの社会には未来が約束されているのだから、悲惨な現実に対する嘆きをバネに前進しよう」という、自分たちに言い聞かせ自らを奮い立たせるような論法は、その後のアメリカ社会の様々な局面で登場することになるものの言い方の雛形的存在とみることができる。
この構造は1960年代公民権運動のクライマックスたるキング牧師の“I have a dream”演説にも顕著に見ることができる。その他にもマニフェスト・ディステニーやアメリカン・ルネサンスなど、アメリカを読み解くキーワードがどのように生まれ、本当はどのような意味を持つのかが丁寧に解説されている。
トランプ次期大統領の「メキシコ国境の壁」発言とそれに対する支持を見ると、拡大し続ける格差と加速し続けるグローバリズムがアメリカを変質させ、反・移民の潮流を作り出したのかと考えてしまうが、1920年代のアメリカの状況を知ると、このトレンドが特別に現代的な現象ではないことが理解できる。T型フォードに代表される大量生産時代の到来によりもたらされた経済的繁栄とそれに伴う副作用としてのモラルの低下は、20年代のアメリカに精神的喪失をもたらした。そして、「社会がうまくいかないのは伝統的価値観が軽視されているからだ、そして、それは文化的に異なる背景の人間が多くなったためだ」という思考が立ち現れ、WASPによる非WASPへの排撃へと繋がっていったのである。KKK(クー・クラックス・クラン)の復活、移民法の制定による建国以来の移民政策の大きな修正など、20年代に体験したはずの悲劇をアメリカは再び繰り返すことになるのだろうか。
アメリカは、ベトナムや世界恐慌のような失敗を今後も多く犯すことだろう。しかし、実験国家であるアメリカにとっての失敗は、その終焉を意味しない。失敗からの立ち直りこそがアメリカの本質であり、その自己改革の動きが弱まったときこそが実験国家アメリカの本当の賞味期限となるだろうと、著者は指摘する。統合と多元化がもたらす矛盾と向き合い続ける運命を背負ったアメリカは世界の中でも特殊な存在であった。しかし、グローバリズムの浸透による移民問題によって、欧州を始めとする世界の各地でアメリカ的な問題と向き合う必要性が高まっている。アメリカの実験は成功に終わるだろうか、わたしたちはアメリカから何を学べるだろうか。
価値観の多元化ではなく、階級化によって断絶されてしまったアメリカの姿を生々しく描き出す。断絶されてしまった人々の塊が、アメリカの有り様をどのように変えているのか、また変えていくのかを知らしめる一冊。レビューはこちら。
現在の世界の基礎をつくり上げた50年代アメリカの光と影を、『ベスト&ブライテスト』でも知られるピュリッツァー賞受賞のハルバースタムが克明にあぶりだす。郊外一戸建ての暮らしやマクドナルド等のチェーンレストラン、この時代に生まれたものにわたしたちは今でも大きく依存している。レビューはこちら。
ワシントン、ジェファーソンと並びアメリカ建国の父の一人にあげらえるハミルトンの伝記。ブロードウェイで空前絶後のヒットとなり、世界一チッケトが取り難いショーとなった「Hamilton」の原作。何とか読んでみたいのだが、Amazonでの価格が6万円近いとんでもない価格になっている。復刊に期待したい。