スプリングバレーブルワリー東京が代官山にオープンする。2014年7月にそのニュースを耳にしたとき、たまたまその名には見覚えがあった。ちょうどその頃、ビールにハマりはじめたところで、ビールに関する本をいろいろと読みあさっていた。そのなかで『ぷはっとうまい日本のビール面白ヒストリー』という本を読んでいたときに、その名前を目にしたのだ。
スプリングバレーブルワリーは、ウィリアム・コープランドが日本ではじめてビールを醸造した会社である。潰れてしまい、紆余曲折あってそれを引き継いだ会社が、キリンの前身となる会社だったはずだ。その名を冠したお店がオープンすると聞き、オープンしたその月にその店を訪れたことを覚えている。そこではその店で醸造しているクラフトビールが提供されていた。普段飲んでいるビールとは全く違う、味わい豊かなビールに舌鼓を打った記憶がある。
今日紹介する本はそのスプリングバレーブルワリー東京がオープンするまでを追ったビジネス・ノンフィクションである。ビール業界全体の売上が減少していく中、ビールの大手四社(キリン・サントリー・アサヒ・サッポロ)で、シェアを落とし続け、一人負け状態であったキリンの一部社員が、クラフトビールに商機を見出し、会社内の反対の声を押し切って、彼らが『大聖堂』と呼ぶスプリングバレーブルワリーをオープンさせるまでを詳細に追ったドキュメンタリーである。
つい先日、キリンがアメリカのクラフトビールメーカー、ブルックリンブルワリーとの業務提携を発表した。キリンはクラフトビールに賭けている。この本を読むとなぜキリンがクラフトビールに賭けたのかがよくわかる。そして、この本は実際にその場にいたかのような臨場感あふれる文章で描かれているので、自分もその場にいたような錯覚を覚え、読むだけでその興奮を味わえる素晴らしい作品である。
この本に出てくる登場人物は、いずれ劣らぬ個性の持ち主である。「端麗」、「氷結」といったメガヒット商品を生み出してきた商品開発の奇才。ビールの精霊と話を交わす醸造責任者。大手居酒屋チェーンなど、大口の顧客を専門に攻略する「営業特殊部隊」のリーダーなどだ。会社の業績が最悪だったため、彼らは様々な難問に直面する。しかしそこを乗り越えていく姿には感動さえ覚える。
「『大聖堂』は、どうしても必要なんだ。『大聖堂』をプラットフォームにして、日本のビール文化を変えなければならない」
だとか、
「思い切らないと、面白いことはできないよな」
だとか、
「前例がないから意味があるんや」
というように、次から次と熱いセリフが飛び出してくるのもおもしろい。
クラフトビールは世界的にブームになってきている。先月紹介した『ビジネスフォーパンクス』のブリュードッグをはじめ、キリンと提携したアメリカのブルックリンブルワリーに、日本ではよなよなエールでおなじみのヤッホーブルーイングが人気を博している。(ヤッホーブルーイングもキリンと業務提携をしている)キリンの異端児は2011年の秋にクラフトビールに商機を見出した。その先見の明には目を見張るものがある。
他のビール会社に先立って、クラフトビールに舵を切ったキリン。これが吉と出るか凶と出るかはまだわからない。ただスプリングバレーブルワリーには初年度で26万人が訪れた。これはバブル期にあった伝説のビアホール「ハートランド」の入場者数を上回る数字である。これは大成功と言っていいのではないだろうか。彼らの革命はまだ始まったばかりである。そのはじまりの熱狂をぜひこの本を通じて知ってもらいたい。
キリンと業務提携をしたブルックリンブルワリーの本
こちらもキリンと提携しているヤッホーブルーイングの本。
先月紹介したブリュードッグに関する本
ビール好きとしてとても気になっている本