「シャキシャキ」
「ジューシー」
「もっちり」
「濃厚な」
「歯ごたえのある」
おいしい感覚を表す言葉の数々。「シズルワード」と呼ばれるこうした言葉たちを軸に、「おいしさ」とは何なのかを考えていく1冊だ。世の中に飛び交う食べ物の感想や宣伝の文句も、シズルワードに着目してみると、食べ物の何が「おいしい」とされているのかが見えてくる。
全体を通して底にあるのは、私たちはどのような要素をもって「おいしい」と感じているのか、という問いである。その問いに迫ろうとする、様々なアプローチをいくつか引いてみたい。
2003年から2015年にかけて行われたこんな調査がある。約300語のシズルワードを提示し、反射的に「おいしいを感じる」言葉を選んでもらうというものだ。
調査にあたって、シズルワードが「味覚系」、「食感系」、「情報系」の3種類に分けられる。それぞれ一例を挙げると、味覚系は「甘い」「辛い」「酸っぱい」、食感系は「もっちり」「とろーり」「サクサク」、情報系ならば「季節限定」「旬」などといった具合だ。
「味覚系」での変化を見てみると、2003年頃にトップの人気だった「コクがある」は徐々に順位を下げ、近年は「濃厚な」に取って代わられていることが分かる。また、「食感系」のワードでいえば、調査開始時はさほど目立っていなかった「もちもち」や「もっちり」が「ポン・デ・リング」の登場を境に急上昇を見せ、2012年からは「もちもち」が1位に定着しているところが目を引く。
「シズルワードと食べ物はお互いを照らし合いながら存在している」という指摘が印象的だ。「もちもち」のパン、「ふるふる」のゼリー、「コシのある」うどん。シズルワードの持つ意味合いが具体的な食べ物を通して定まっていく一方で、食べ物側のアイデンティティもまたシズルワードによって形成されていく。
他にも、年齢や性別による比較や、メディア別の比較(クックパッド・Google検索・Twitter)なども行われている。「おいしい」とされている要素には、時と場合によって異なるところもあれば、意外と共通しているところもあることが分かるだろう。
こうしたアプローチとは別に、「おいしい」をつくる人たちの言葉を拾うことでその正体を探ろうとする部分もある。具体的には、食材を「作る人」「売る人」「料理する人」たちへのインタビューである。食べ物の中の何が「おいしい」とされているのか、理想の「おいしさ」とは何なのか、模索を続けている人たちの感覚は繊細で、言葉は豊かだ。
数々のパン作りをプロデュースしてきたとある人物は、多くの人は食べ物そのもの味というよりも、「香り」を味わっていると分析する。
おいしいという評価は曖昧で、食経験が豊富で味の感度が高い人もいれば、それほどでもない人もいます。(中略)食感度の高い人のおいしいと感じる商品が、売れるとは限らないのです。(中略)では何をどう表現するかといえば、まず訴えられるものは香りです。
パンの場合、日本人は焼きたてを好みます。それは、焼きたての香りを、おいしさの要素として捉えているということだろうと思います。焼き立ての香りというものはメイラード反応による香りです。焼き立ての香りを良くするには、メイラード反応を上手にコントロールすればいいのです。だから、パンの焼き香を常に演出できている店は、行列店になるケースもよくあります。
香りを食べているとでも言えそうなこの感じは、パンに限らず様々な食べ物について当てはまるだろう。
最後に引いてみたいのが、表参道で38年間営業を続け、「伝説」と言われている珈琲店の店主の言葉である。実際に味わったことはないけれど、本当にありそうだと思わされるこの味わいに、何だか惹かれてしまうのだ。
味の感じ方に浮遊感というのがあります。浮遊感というのは揮発性を感じるというか、飲んだ時に揮発して味が消えて行くような感じの味です。甘みと酸味が溶け合っていて口に含んだ時に下に溜まるのではなく、上の方にスッと味が軽くなるような味です。
本書を読んで、途端に味覚表現が巧みになったり、食べ物の味わいが激変したりすることはないだろう。「おいしさ」というものの幅広さや奥深さを、ひたすら思い知らされるという印象だ。
だが、「俺の理想の味」が語られるのではなく、「おいしさ」に対して観察的な目線が貫かれているからこそ、置いていかれることなく読み進めることができる。「おいしさ」とは何なのか、主観的なまま一歩引くようなかたちで考えていく1冊。