『Interpreting Our World: 100 Discoveries That Revolutionized Geography(洋書)』地理学が人類にとって如何に重要であるか
"Interpreting Our World: 100 Discoveries That Revolutionized Geography"は、「地理学」(geography )を変えた100の発見や発明や事柄を取り上げた、百科事典のような読み物である。
英語の本だし価格も1万円近くするので万人向けではないが、専門書にしては以外に平易な言葉で書かれているので、前から順番に読むというよりは、時間に余裕のある時にパラパラとめくりながら読むのが良いのではないだろうか。英語の本は重くてかなわないという方には、kindle版をお勧めする。電子書籍であれば、分からない英単語もタップするだけで直ぐに調べられるので、大変便利である。
本題に入って、そもそも地理学とは何かという話になると、これが意外に難しい。地理学は我々が高校で学んだような単純な地理に関する学問ではなく、地球上の空間及び自然環境と経済、社会、文化などとの関係を対象にする学問で、自然科学、人文科学、社会科学の性格を同時に併せ持っていることから、「地理学と哲学は諸科学の母」と言われている。
地理学は、系統地理学(Systematic geography)、地誌学(Topography)、地図学(cartography)、地理学史(Historical geography)の4つに細分化され、この内、系統地理学は更に自然地理学(Physical geography)、人文地理学(Human geography)に分けられる。特に後者は、歴史学、社会学、経済学などと深く関わっていることから、それらに関する知識と理解も要求される幅の広い学問領域である。
近代地理学は、大航海時代の地誌の拡大や17世紀以降の自然科学と観測機器の発達により確立し、更に1950年以降、アメリカを中心にコンピュータや統計データなどを用いた計量的な地理学が急速に普及した。現在では「地理情報システム 」(GIS: Geographic Information System) などを利用した地理情報科学として、新たな展開を見せている。
個人的な話をすると、昔から地図を見るのが好きだったという単純な理由に加え、「地誌的風景画 」(Topographical landscape)を通して地誌学に関心を持つようになった。上述の通り、地誌学は地理学の一分野で、ある特定地域内における地理学的事象を自然科学と人文科学の両方の見地から研究する学問である。その研究対象は、当該地域の政治、経済、産業、法制度、社会、文化、民俗、地形、水文、気候など広範な分野に及ぶ。
地誌的風景画は、純粋に芸術的な観点から描かれる絵ではなく、地誌的に見て正確な描写を心掛けた、17世紀以降にイギリスを中心に展開された風景画の技法である。イギリスなどヨーロッパの伝統的なホテルやアンティークショップで壁に掛かっている精密な版画を覚えている人もいると思うが、なぜイギリスでこうしたアンティーク版画が多いのか、その理由を調べてみたところ、以下のような歴史的背景が分かった。
17-18世紀のイギリスでは、貴族の子息を国際人にするためにヨーロッパ大陸に遊学させる「グランドツアー」が流行していて、文化的先進国のフランスとイタリアが主な目的地であった。贅沢なことに、このツアーには同行の家庭教師が付くのが一般的で、かの有名なトマス・ホッズやアダム・スミスも家庭教師役を務めたことがあるそうだ。旅行の間、若者は近隣諸国の政治、文化、芸術、考古学など、多くのことを同行の家庭教師から学んだ。
1925年、まだ大学生だった白洲次郎が、親友の7代目ストラフォード伯爵ロバート・セシル・"ロビン"・ビングとベントレーを駆ってケンブリッジからジブラルタル海峡まで大陸旅行をした話は有名だが、これも当時としてのグランドツアーのひとつだったのだろう。
グランドツアー経験者によって結成されたディレッタンティ協会がスポンサーとなった地質学や考古学の探検には、アジア、アメリカ、地中海などでの発見を記録するために水彩画家が同行し、グランドツアーに行く若者向けに、フランスやイタリアの名所の絵を量産した。
このように、文化的、科学的な要求や旅行者の関心が重なったことでイギリスの水彩画は急速に発展普及し、それが風景画集になったり旅行土産となる版画の元絵として使われた。こうした背景から、地勢や建造物を正確に描いた地誌的風景の版画がイギリスを中心に広まったようだ。
話が脇道にそれてしまったので元に戻すと、地理学というのは、ある特定の地域についての単純な記述ではなく、地球に関するありとあらゆる発見の記述であり、それ故に、これまで人類が成し遂げてきた地球に関する100の重要な発見や発明や事柄を通して、地理学が人類にとって如何に重要であるかを再認識してもらうために本書は書かれたそうだ。
それでは、その100の重要な発見や発明や事柄とは具体的には何なのかということだが、詳細は本を読んで頂くとして、ここで少しだけ紹介すると、そのひとつが上述のGISである。今日では多くの大学でGISのプログラミングや情報処理コースを設けているが、本書でも地理学が世界に与えたインパクトの中で最大のものがGISであると強調している。
世界最古の地図は、凡そ5千年前のバビロニアで粘土版に描かれたものだが、それ以来、地図は過去5千年の間、ずっと物理的なものとつながっていた。つまり、地図は石にせよ、木にせよ、金属にせよ、紙にせよ、必ず物の上に書かれていた。ところが、これを大きく変革したのがGISである。
GISを簡単に説明すると、地理的位置を手掛かりに、位置に関する情報を持ったデータ(空間データ)をコンピューターを活用して総合的に管理・加工し、視覚的に表示し、高度な分析や迅速な判断を可能にする技術である。例えば、農業データと土地のデータを組み合わせることによって、「この土地では特定の農産物をどれ位生産可能か?」ということを算定することができる。
日本でも、1995年の阪神・淡路大震災の反省をきっかけに、政府レベルでのGISに関する本格的な取り組みが始まった。その中核が国土空間データ基盤の整備であり、例えば、防災対策のために、防災施設の位置情報、老朽化した木造住宅の分布、一人暮らしの高齢者の所在など、これまではそれぞれ別々の紙の地図や台帳にまとめられていたものが、「場所」「位置」という情報をキーとしてGISで全てまとめられ、地図や航空写真の上に重ね合わせることで、様々な情報の関連性が一目で分かるようになるという。
我々も日常的にGoogleマップには大変お世話になっていると思うが、全てのデータ化された情報がマップに落とし込まれれば、真の意味での"Whole Earth Catalog"ができてしまうだろう。(因みに、Googleマップについては、Web Mappingの項目など何箇所かで書かれている。)
その他、日本に関する記述が何かないだろうかと探してみると、「橋とトンネル」(Bridges and Tunnels)の項目に青函トンネルが出ていた。人類の文明というのは殆どが川沿いに築かれてきたことから、橋とトンネルというのは当初から必ず必要とされていたそうだ(言われてみれば確かになるほどという感じだが)。
そして、トンネルで言えば、日本の青函トンネルが全長54キロで一時期世界最長だったのだが、今は今年開通した、スイスアルプスを縦断する全長57キロのゴッダルドトンネルが世界最長になった。ゴッタルドトンネルは、ウーリ州エルストフェルトとティチーノ州ボディオを結ぶ鉄道トンネルで、縦坑や関連する連絡路を含めた総延長は154キロにも上る。
その他、「近代地理学の祖」と呼ばれ、「フンボルト海流」でもその名を知られるフリードリヒ・ハインリヒ・アレクサンダー・フォン・フンボルトなど、人名も数多く出てくるので、そうした人々の偉業を辿ってみるのも楽しい。
こうした感じで100項目がアルファベット順に並んでいるので、休暇の時などにのんびりとGoogleマップと照らし合わせながら読んでみたら如何だろうか。