主夫になりたいと思ったことがある。2日ほどひとりで育児を朝から晩までして、断念した。育児の不条理さの前に呆然と立ちすくし、思いつきで指示されたり、理不尽に切れたりする職場の上司の方が子どもよりもよほど御しやすいと逃げ出したわけだ。
そうした過去もあり、主夫には敬意を払うが、世間の主夫への視線は厳しい。本書でも女子学生の主夫に対する「向上心がなさそう」という感想が紹介されている。彼女たちにしてみれば、ぎらぎらとのしあがる意欲こそが向上心であり、主夫がお掃除スキルを高めても「暇な奴」程度の扱いだろう。主婦がお掃除力を極めればカリスマ主婦になれるのに。
本書は、男性学を研究する田中俊之と、夫が主夫で元TBSアナウンサー、現在フリーの小島慶子の対談本だ。育児や働き方、モテなど話は多岐にわたるが、男はなぜ不自由なのかが通底する関心だ。ちなみに、「別に自由に生きていますけど」という人はここで読むのをやめたほうがよい。そのような人にとっては結構、あたりまえの結論であり、実践している可能性が高い。
田中が研究を始めた動機に問題の本質が詰まっている。
僕がどうしてこの研究をしているかという話に戻るのですが、そもそも40年にわたって縛られることをなぜ男性側が問題にしなかったのかと思うわけです。
2000年前後に企業のリストラが問題になり、リストラされたサラリーマンのドキュメント本がたくさん出たんです。中略。すべて、いまの仕事は不満だけれど、子どもが大学を出るまではと思って頑張っていますという話で終わりです。でも、実際、そうなんです。男にはそれ以外の選択肢がない。だから男性の稼ぎ手モデルということで社会をつくっていくと、男の人は途中で何があっても仕事を辞められない。
もちろん、共稼ぎ家庭も増えているが、柱が女性のケースはまだ珍しいだろう。「男は仕事、女は家庭」は一部の家庭を除けば高度経済成長期に普及したモデルであり、歴史的には自明ではない。それにもかかわらず、多くの男女は瞬間風速的に実現した幻想の呪縛に苦しむ。
「男は企業で正社員、フルタイムで働く」刷り込みの強さが、働き方の乏しさをひきおこし、そこに支障がない範囲で家庭や地域で何をできるかにつながる。冒頭で引用した学生の主夫への反応も、「無職のハニーと結婚して幸せになるストーリーが普及でもしないと変わらない」という小島の指摘が尤もだ。
では、苦しむ男はどうすれば自由になれるのか。男女雇用機会均等法施行以降に働き出して苦しんだバリキャリ志向の女性たちにヒントは見え隠れする。小島は、結婚育児で社内では「あいつ終わったな」と言われるようになり、頭の構造が変わり、洗脳が解け、「仕事はあくまでお金を稼ぐためのもの」になったと振り返る。
昨日まで何より大事な最優先事項だったことが、今日からは三番目か四番目になる。そのクライシスを自ら決断して乗り越えていく経験をするんです。これは将来「自由になる」ために、とても大事な訓練だと思います。
「そんなんできたらわけねーよ」と思う。難しい作業である。結局、夫が働いている前提での女性だからできたんじゃないかと思ったりもする。実際、小島も夫が会社を辞めて、重くのしかかり、夫にぶち切れまくっていることを吐露している。ちょっと怖い。
自由になるとは会社人生を諦めるのと表裏一体になる可能性が高いわけだが、企業社会で不自由さを感じるならば、頭の中身を入れ替えるしかない。価値軸を複数化するためにも、「逃げまくる」のは確かにありなのだ。ガシガシ出世を目標にする価値に依っていては生きづらさは変らない。
企業内出世ありきの価値観をぬぐいきっても、不自由さから逃れられないから厄介だ。男性が仕事に縛られる不自由さから見事に解放されたところで壁はまだある。家事や育児をやろうとしたときに立ちふさがるのが男性特有の競争意識と母親の存在である。
小島 女性が二十年かけて乗り越えつつある「働く女と育てる女はどっちがえらい」という不毛な問いを、いまさら男性に繰り返さないでほしいのです。「イクメンはえらく、仕事人間はアホ」ではなく
「昭和のお母さん」モデルが機能する時代ではなくなったのに、男も女もいまだにモデルにするから、またしんどさの繰り返しになってしまう。
どこまで男は不自由なんだよと頭を抱えたくなるが、人生を「(男は)選ばない。選べると思っていない」という田中の話が示唆的だ。
40歳くらいまではにげられるけれども、一生働かないとは思っていないんです。男性には働く理由は要らないじゃないですか。
やはり男性たちにもっと自分の人生を「選ぶ」ことを提案したいですね。
なぜ選ばないか。それは選ばなくてもよいからである。象徴的なアンケートが本書に記載されている。女性が男性を立てると物事が上手く運ぶことが多いかの問いには、女性の75.9%、男性の66.9%が肯定的だったという。
女性は自分を変えなければならないが、男性はお膳立てをされることが多く、変わらないでいいようにできている。変わらないでいきていけるが、ボケッとしていたら男には変わるチャンスが訪れない社会でもある。そこに自覚的になれるか。マッチョな俺を演じることに苦しむ男性が読むのには最適な一冊だ。