登った山が高ければ高いほど、下るのは大変だ。一世を風靡した芸人たちにとっても、栄光が去った後の人生は長い。
喜劇王として歴史に名を残したエノケンこと榎本健一。人気に陰りが出た頃、病気で片足を失い、芸風であった軽やかな動きが舞台では見られなくなる。「同情されたらおしまい」とぼやき続けた彼だが、晩年のエノケンに向けられたのは笑いでなく憐憫だった。
エノケンをライバル視した、古川ロッパ。エノケンをしのぐ人気を誇り、大劇場を連日満員にした。戦後、アメリカ映画の普及で集客能力が落ちても、生活のレベルを落とせず、多額の税金を滞納。かつて顎で使った後輩やスタッフにばかにされながらも、当時は「死に至る病」だった結核を隠して、死ぬ直前まで舞台に立ち続けた。
エノケン、ロッパ以外の芸人の晩年も過酷だ。「タレント議員第一号」になりながら、落選後は自虐ネタを引っさげ、ヒロポン中毒の体に鞭ならぬ注射を打ちまくって芸人人生を全うした石田一松。テレビタレントとして大成功しながらも、愛人の多さから金策に追われ、落ち着かない老後を過ごした柳家金語楼。過去と現代を行き来し、芸風を比較しながら、昭和を生きた彼らの生きざまを浮き彫りにする。
本書に通底するのは時の移ろいの残酷さだ。栄華を極めた人気者にも孤独と闘う時が必ず訪れる。それは現在、トップに君臨する芸人も逃れられない宿命だ。著者が本書を著した理由を、小さな頃にあこがれたダウンタウンの晩年の姿を見るのが怖く、その不安を和らげ、心構えするためと述べているのが象徴的だ。
歌手や俳優に比べて芸人は逃げ道がない。笑えるか笑えないかの明確な指標があるため、人気が凋落するときは早い。一線から転がり落ちた後に訪れた日常は本書で登場する七人にはどう映ったのか。果たして彼らの人生は不幸だったのか。それとも、芸人人生が軟着陸できなくても幸せだったのか。著者の抑えた筆致は読み手に多くのものを投げかける。