サイエンスの面白さが存分に味わえる一冊だ。
タイトルに惹かれてつい手にとった一冊だったが、ホタルを題材にここまで科学の不思議さと面白さを紹介できるポピュラーサイエンス本の作者がいるとは想像だにしなかった。流麗で平易なことばで科学の謎を解き明かす著者の文章力は、『ワンダフル・ライフ』の著者でポピュラーサイエンスの巨匠スティーブン・グールドを彷彿とさせる。
白亜紀の恐竜が初期のホタルと併存して生きていたという想像するとなんだか楽しくなる薀蓄をはじめ、本書にはホタルの発光メカニズム、発光の生物学的役割、発光生物の進化の歴史が詰まっている。ホタルと恐竜の本かと思いきや知らず知らずのうちに生物の深みにはまり込んでしまう一冊だ。
本書を読みすすめていくと上手く著者に手のひらで転がされているのを感じることだろう。ところどころで「なぜ」と疑問を抱く箇所をわざとつくり、読者を上手く誘導しながら生物学の不思議さや面白さを伝えるというストーリー展開を組んでいる。無論、悪い気はせず、むしろなんだか科学者の思考回路を追体験しているようで、科学界の先輩についてまわる新米科学者になった気分を味わえる。
第一章では陸上に発光生物が少ないことが紹介され、第二章では海の発光生物の多様性が紹介されている。すると読者はここで「あれ、なんで海の方が発光生物の数が多いんだ」と疑問に思うのだが、著者は待ってましたとばかりにこうかえす。
では、このような陸と海の著しいアンバランスは、いかなる原因によって生じたのだろうか。その進化の謎解きに入る前に、次章では「発光の仕組み」について理解を深めておこう。というのも、わたしは発光生物の進化を解く手がかりは、この発光の仕組みにあると考えているからだ。
こんな具合で読者に疑問を抱かせておきながら、すぐに回答を出すのではなく、そもそもの原理原則から疑問を紐解いていくようにしむける。憎らしいが、ついつい引き込まれてしまうストーリー展開だ。
発光生物には、自ら発光体を体内でつくる「自力発光生物」、発光バクテリアを体内に共生させる「共生発光生物」、自力発光生物を餌にして発光体を摂取する「半自力発光生物」があるという。ホタルは自力発光生物、光るイカは共生発光生物だ。
私たちにとってあまり馴染みないのが「半自力発光生物」。ただ海には「半自力発光生物」が種として圧倒的に多く、これが海に生息する発光生物の多様性をうんでいる。
ここで著者は自らの仮説とその裏付けとなる根拠を展開する。水深200〜1,000mの中深層と呼ばれる領域には、コペポラーダという自力発光する生物が大量に生息、この自力発光生物を捕食しやすい環境があるがゆえに海では発光生物の多様化が進んだというものだ。コペポーダという甲殻類がもつセレンテラジンという基質が多種多様な海洋発光生物の源になっているというのが著者の見立てである。
素人的にはどうしても突如として登場する愛らしい名前のコペポーダがどんな生物か興味が湧いてきてしまうが、ここでも著者の術中にはまってしまう。本書内でこの未知なる生物の面白さを解説しながらも、さらなる魅力は巻末に記載されている「お勧め図書」へと誘導するというこれまた憎い展開。まるで知的好奇心の探求というサイエンスの癖を読者に植え付けているかのようだ。恐るべし。
ちなみに今日では求愛目的や威嚇目的と言われているホタルの発光行動だが、もともとは捕食動物に対して「自らはマズいので間違っても食うな」というアピールが目的だったという。ホタルの季節、これら薀蓄を子どもに自慢する目的で本書を手にとるのもありだろう。ただ気をつけて欲しい。知らず知らずのうちに著者の術中にはまってしまっているかもしれない。