中国の報道はプロパガンダ一色だから、人々は真実を知らないーーそう思われている方も多いかもしれない。だがそれは、ある意味では正しく、ある意味では間違っている。
微博(weibo)で活躍する知識人たちが当局から狙い撃ちされ、新聞記事は編集部も知らぬ間に校了後に差し替えられる。そんな締め付けが露骨に行われる一方で、高速鉄道事故の様子が微博で生中継され、テンセントが運営するWeChatでは、「網紅(ワンホン)」と呼ばれる人気者たちが新しい文化をつくり上げる。このような極端な両面を併せもつのが、中国のメディア事情なのだ。
中核を担うのは、「中産階級」と呼ばれる人たちである。彼らは頭脳労働を伴うホワイトカラーの人々であり、一定の資産額を保有し、消費も謳歌する。その数3億人とも言われる中産階級は、インターネットの可能性と経済発展がもたらしてくれる新たな時代へのキャスティングボードを担う存在と言えるだろう。
本書は、中国の国家と巨大企業と中産階級、この三者がまるで三國志のようにせめぎあっていくを様を描き出した一冊である。著者のふるまいよしこさんは中産階級に着眼を置き、シーソーゲームの趨勢をメディア模様から読み解いていく。その筆致は、多くの人が陥りがちな色眼鏡の存在を露わにし、ネット上に溢れる数多の中国記事を見極めるための新たな視点を獲得することが出来るだろう。
「ハドソン川の奇跡」をきっかけにTwitterへ注目が集まり、東日本大震災がソーシャルメディアをインフラへ押し上げたように、中国でもSARSや天津爆発事故、そして四川大地震といった大事件が起きる度に、メディアはターニングポイントを迎えた。
ここで注目したいのは、事件をきっかけに変革を進めたのが、ネットメディアに留まらなかったことである。たとえば「財経」という経済誌は四川大震災の時に、報道規制が引かれているにもかかわらず、公的資金の使途を監視するという経済的な切り口から問題を取り上げ、大きく注目を集めたという。
さまざまな規制に悩まされる中国メディアだが、政府が経済発展へ力を入れていることを背景に、独特のジャーナリズムが育まれつつある。それゆえ「政府や党の舌」としての宣伝機能をはたす機関紙メディアと、中産階級の情報欲を満たすための市場メディアは、同じメディアとは括れないほど、二極化してきているのだ。
この動きと呼応するようにネット上では、「公共知識分子(公知)」と呼ばれる知識人たちが声を発し、中産階級の耳目を集めた。ネットの台頭とマスコミの凋落という単純な図式ではなく、ネットとマスコミが相互に影響を与えながら、中産階級へ新しい意識を植え付けるーー市場経済とIT化がほぼ時を同じくして進んだからこそ生まれた、特異な現象と言えるだろう。
だがやがて、反動がやってきたかのように当局の締め付けが厳しくなっていく。目立った公知たちは次々と事情聴衆に呼ばれ、中には逮捕されるものも出た。また校了後に改ざんされたメディアの記者たちは、その事実を微博に書き込んだところ、書き込みが見ているそばから消えていったという。わずか2、3年前の出来事である。
その結果、中産階級たちは不特定多数に発信する微博よりも、信頼できる友人を選んでやりとりできるクローズドな「We Chat」へと舞台を移し始めているのが昨今の動きである。日本とは全く異なる理由で、ソーシャルメディアからメッセージ・アプリへというシフトが起こりつつあるのは、非常に興味深い。
この他にも本書では、中産階級と巨大企業(バイドゥ、アリババ、テンセント)の関係なども解説されており、全方位に渡って「敵か、味方か」という微妙な関係が張り巡らされていることがよく分かる。
とにかく、中国のメディア事情はクセが強い。中世と現代をダイレクトにつなぎ合わせたような両義性を持ち、その全体像を理解するためには、「瞬間の真実」をつぶさに追いかけなくてはならない。この振り幅を、著者は以下のように表現する。
ウソを知られまいとすると、誰でもそれをウソで塗り固めようとする。だが、そのうちにどこかがほつれ、隠されていた真実が出てくる。「王様の耳はロバの耳」ーー中国の人たちは目の前で流れるニュースを眺めながら、周囲の誰かがそうつぶやくのを待っている。それが中国のニュース理解の方法なのだ。
中国のメディア事情において最大の特徴である両義性はまた、中産階級の特徴でもある。世界中の商品を求める旺盛な消費者としての顔つきと、権利に目覚めて社会へ参加する市民としての顔つき。スマホを手にした中産階級たちは親指1本でに2つの顔を使い分けながら、したたかに時を待っているように見える。
不自由な社会で生まれ育ってきた中国人は、そう簡単に「不自由さ」には屈しない。そして「不自由さ」も情報である以上、「自由」になりたがる。その命運は、中産階級の親指にかかっているのだ。
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