本書は進学塾で講師として活躍した著者が、辞書、地図、図鑑を使って子どもの知的好奇心を刺激する、また知識を吸収し思考する力を育てる方法を指南した1冊である。リビングに辞書、地図、図鑑を置くことによって、すぐにその場で調べられる環境を整え、子どものアンテナが立った瞬間を逃さない。子どもの気が移ろわないうちに、世界との接点を強化し、またそこから話を広げることで知識の幅を広げ、更なる好奇心を喚起する。
またその際、大人が子どもにどのような関わり方をすればより子どもの学ぶ力を損なわずにいられるか、より伸長できるかを説いている。教育に関心のある方はぜひ読んでいただきたいと思う。しかしながら本書の中で特に注目するべき点は、図鑑という本の捉え方である。今回は、本書中の図鑑に関する部分を特にご紹介したい。
何かを調べたいから、何かが好きだから、より深くその世界の知識に触れたい。本来図鑑を購入する目的はそのようなものであったはずだ。しかし筆者は図鑑を「積ん読」でいいと言う。生活圏内に置いておくということがまずは重要であり、何かの拍子にでも本を開く瞬間があるかもしれない、その時のために場を整えておくことを心がけるべきだと言う。「いつかは出番がある」と気楽に考えて、環境づくりをしようをいうのである。
2020年には大学入試改革が行われる。マークシート式から記述式に変わるとき問われるのは、どのような知識を持っているかではなく、設問に対してどのような問題意識を持って、どのような知識を使って、どのような組み合わせ方で、どのような論を、どのような言葉を使って展開するかである。
幅広い知識と思考力、表現力が問われるようになるが、それを養うために有用なのは上記のような環境であり、その環境を生かした大人とのコミュニケーションであるという。知識の手に入りやすい、知的好奇心を助長しやすい環境で、子どもの自己肯定感を満たす反応を返し、知ること学ぶこと考えることは楽しいことであり、褒められることなのだと認識させる。
知識の入り口となる図鑑を子供の手の届く場所、大人と一緒に過ごす場所に置く。子どもが興味を示したときに、声掛けをして一緒に手に取って見る。そして子供がさらに興味を持っていくようならば、より専門性のある図鑑を取りそろえる。そして、それをまた一緒に興味を持って見る。
また図鑑はビジュアルだけでなく、どのようにその事物、事象を解説するか、厳選された語句で、簡潔かつ理解しやすいよう工夫した文章が掲載されていることが多い。特に子ども向けの図鑑は顕著だ。そのような文章に触れることで、言語感覚も養われるという。まさか図鑑にそんな有用性があるとは思わない。普通に図鑑を読むときそれは当たり前に提供されるものだ。教育的観点から見れば図鑑はまた違う評価を持つ。
書店員として働いていると、よく受ける問い合わせがある。「子どもに何か図鑑を贈りたいのだが、どれがいいだろうか」というものだ。同じような表紙が並ぶ図鑑売り場で戸惑ってしまう気持ちはよくわかる。さあ図鑑を買おう、となったときに、ではどれを買えばよいのだろうか。そんな方はぜひ本書の87ページ第3章を読んでみてほしい。
まず、ここではよくある先入観が否定されている。女の子だから、男の子だからという性差による先入観は捨てるべきだ。子どもが実際に触れる前に、大人の感覚で選択肢を狭めないことが大事だ。また、同じジャンルの図鑑を何冊も欲しがったときに、それを受け入れるということだ。
興味のない人間にとってはどれも同じようなものでしかなくても、興味のある人間にとってそれは一つ一つ全く別のものである。むしろ、それだけそのジャンルが好きというのはすごいことである。同じジャンルの図鑑を見比べることで、新たな発見があるかもしれない。本人の興味関心のあるジャンルの図鑑を買うのが一番いいが、何が好きなのかはっきりしない子どももいる。本章では、図鑑をカテゴライズし、選びやすいよう紹介している。図鑑のガイドブックになっているのである。
子どもと、自然科学や世の中のしくみといった図鑑で取り扱う内容との「親しみ度合い」別に3つのステップに分ける。「慣れる」「楽しむ」「深める」とステップを踏むことで細かい情報の載った図鑑に親しみやすくするという。注意点は、このステップは年齢と対応しているわけではないということだ。何歳であっても、「親しみ度合い」を観察してほしい。
また、このステップへすすむ前の、1~2歳の子ども向けの図鑑も紹介されている。そんな小さい子に図鑑、と不思議に思われるかもしれないが、言葉を覚えていく年齢の子どもに見せるのに、案外具合がいい。読み聞かせで楽しみながら、世界は興味深いものだ、と好奇心を喚起する。そういった入り口絵本、乳幼児向けの図鑑が紹介されている。
「慣れる」ではユニークな切り口の自然科学系絵本を紹介する。
「楽しむ」では、図鑑を①「ザ・図鑑」タイプ、②「Q&A」タイプ、③「ビジュアル百科事典」タイプの3つに分け解説する。②のタイプが最近種類も増え、よく売り上げが伸びているジャンルだ。子どものなぜなぜ攻撃にタフに耐えてくれる。
「深める」までいくと、もう大人の図鑑でもいい。子どもだから大人向けは読めないだろうというのは間違いだ。本物に触れさせてあげてほしい。
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実際に児童書売り場で観察すると、図鑑を選ぶ人は様々だ。男の子もいるし、女の子もいる。図鑑は男の子のものではない。また、理工書売り場で仕事をしていると、子どもが大人向けの図鑑を購入していくこともある。子どもが欲しがるのは、必ずしも子ども向けの図鑑とも限らない。恐竜の図鑑ばかり何冊も集める子どももいる。それはさながら研究室の書棚のように。人に合わせて本を買うのであって、本に人が合わせるわけではない。
このように、色々注意して、考え考え購入したとしても、図鑑は「積ん読」であっていい、という心の余裕を持たねばならないのである。大人は環境づくりをしているだけであって、子どもに対する強制力が働いては意味がない。今日興味を持っていたことが、明日はどうでもいいことかもしれないし、今日買った図鑑を熱心に読みだすのは5年後かもしれない。何かを調べたいから、何かが好きだから、より深くその世界の知識に触れたい。確かに本来図鑑を購入する目的はそのようなものである。しかし使用者が子どもであったとき、図鑑は別の価値と意味を持ち、別の論理によって購入される。
出版される図鑑の種類や専門性が多様化し、安価なものも増えた。本来の用途に相応しいものもあれば、雑学的なもの、子ども向けのものもある。図鑑は本来の姿を担保した上で、その立ち位置の始点を変えつつあるのかもしれない。
とはいえ、世の図鑑好きの大人にはチャンスである。子どもの将来のための「積ん読」、これは無敵の言い訳ではないだろうか。
※この建前で購入する際は、どんなに高価な専門性の高い図鑑であっても、お子さんの興味が向いた時にはささっと取り出し、一緒に眺める時間を供出のこと。