本書は北朝鮮系の人々を描いたノンフィクションである。北朝鮮、といっても、日頃の報道番組が扱うような、政治的な話にフォーカスしたものではない。スポットライトが当てられているのは、北朝鮮に暮らしていたり、北朝鮮にルーツをもつ、いたって普通の人たちだ。ふだん知られることのない彼らの日常が、本書では実にいきいきと語られている。
ベールに包まれている北朝鮮系の人々にアクセスし、取材をすることは容易ではない。本書が日の目を見たのは、著者の生い立ちと経歴によるところが大きい。
本書の著者は朝鮮北部の父と在日韓国人2世の母をもつ、いわゆる在日コリアンである。日本の朝鮮学校に通い、あの朝鮮総聯で働いていたこともある。北朝鮮に親類がいるため、90年代から訪朝を繰り返し、現地の人々との交流も続けてきた。現在は日本で雑誌のライターをしつつ、北朝鮮情報を自身のブログで発信している。著者のどこかとぼけた筆致のせいだろうか、やや深刻な話題であってもなぜか笑いを誘ってしまうことも。
朝鮮学校時代の著者は、使命感に燃えて朝鮮労働党員になる夢を抱く。だが、著者のようなタイプの生徒は稀で、クラスメメイトはいわゆるヤンキーが多く、「祖国愛」に拒否反応を示すタイプが大半だったという。著者はそのままの調子で模範生として成長し、朝鮮総聯にも務めることになる。
朝鮮総聯在任中のある日、拉致被害者が帰国することになった。それまで「いない」と信じ込んでいた拉致被害者の存在を突きつけられた、著者を含む朝鮮総聯関係者。当時の彼らの反応も実に生々しく、人間らしさが漂う。
北朝鮮に住む中学生、案内人、軍人など、さまざまな人々と交流したエピソードも、写真とともに紹介されている。笑顔でおどけている北朝鮮人の姿は、それだけで新鮮に感じてしまう。これも私たちがふだん、ネガティブ一色の北朝鮮報道に馴れきっているためだろう。
北朝鮮に住んでいる一般人が日本をどのように思っているのかも興味深い。北朝鮮は国家をあげて日本を敵対視しときに激しく罵倒するが、一般市民が日本のことを深く憎しんでいたりすることはないようだ。むしろ、日本製品や日本食が好きだったり、ポジティブなイメージすらあるという。松尾芭蕉マニアの作家もいるくらいだ。
ただ全体的には、北朝鮮人は日本に対してそれほど高い関心はないらしい。その一方で、韓国の話題になると皆すごい形相になるという。隣国に対する高いライバル意識がうかがえる。
本書を読み終えた後には、北朝鮮という国が単なる記号ではなく、そこに暮らす、私たちとかわらない普通の人々が一体となったひとつのコミュニティーであるという、当たり前のことに気づかせてくれる。マスメディアでは知ることのできない北朝鮮を知りたい人に、本書を強くおすすめしたい。
BBCが行った世論調査によると、2012年時点で北朝鮮に対してポジティブな印象をもつ日本人の割合はわずか1パーセントだったのに対し、ネガティブな印象ををもつ割合は88パーセントだった(日本を除く21カ国の北朝鮮への印象は、ポジティブ19パーセントに対してネガティブ49パーセント)。依然として、日朝の間に横たわる溝は深い。国単位の外交だけではなく、市民ベースでの相互理解が、両国の関係改善につながるのだろう。
※写真は著者よりご提供いただきました