『中国第二の大陸 アフリカ 100万の移民が築く新たな帝国』

2016年3月4日 印刷向け表示
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中国第二の大陸 アフリカ:一〇〇万の移民が築く新たな帝国

作者:ハワード・W・フレンチ 翻訳:栗原 泉
出版社:白水社
発売日:2016-02-27
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本書は Howard W. French, China’s Second Continent: How a Million Migrants Are Building a New Empire in Africa(Alfred A. Knopf, 2014)の全訳である。

わたしがいまアフリカで目にしているのは、中国が猛烈な勢いでつくってきたつぎはぎだらけの新たな利権領域である。この地では今、新しい帝国が出現しつつある。おそらくは周到に計画された帝国ではないかもしれない。それでもなお、帝国であることは事実だーー中国とアフリカの関係をテーマに取材活動を続ける著者ハワード・W・フレンチ氏は本書でこう指摘する。

著者は20年以上にわたり『ニューヨーク・タイムズ』紙の記者、支局長として世界各地を駆け巡り、その間に中国の驚異的な発展とアフリカの目覚ましい進化を目の当たりにした。2007年からはアフリカ大陸の西部、南東部の十数カ国を何度も取材に訪れている。こうした長期の取材活動から生まれた本書は、この「帝国」の実態を、モノやカネの流れではなく、人の移動という側面から描き出す。

1990年代の半ばから中国政府は、「ウィン・ウィン」の関係を掲げてアフリカに進出し、莫大な資金をこの大陸に投下してきた。しかし、こうした政府の意図とは別に、注目すべき現象が進んでいる。中国からアフリカへの人の移動である。多くの中国人が、自ら進んでアフリカで暮らし始めているのだ。その数は最近の10年間に、控えめに見積もっても100万人。いまやアフリカ大陸では 「どこに行ってもほぼ必ず中国からの移民を見かける」し、中国人は「考えうる限りほぼあらゆる」 職業に浸透しているという。アフリカと中国との関係を条件づけてきたのは、何よりもまずこうした人たちの仕事の仕方であり、彼らの日々の言動であり、築いてきた人間関係だ。

フランス語、ポルトガル語、スペイン語、中国語に(そして日本語にも)通じる著者は、取材に訪れた先々でさまざまな境遇や職業の人に会い、身の上を語ってもらい、時間をかけて意見を聞いた。本書の最大の魅力は、こうして著者が聞き出した一人ひとりの物語である。

初めてモザンビークの空港に降り立ったとき、河南省から来た郝盛利(ハオションリー)は英語も公用語のポルトガル語も現地語もひと言もわからず、誰一人知り合いはいなかった。農業についてもまったくの素人だったが、がむしゃらに働き、才覚を働かせて、今では2000ヘクタールもの農場を経営し、この地で一族を増やそうと周到な計画を立てている。

ザンビアの銅鉱山地帯で鉱石処理場を所有する楊博和(ヤンポーホァ)は、運よく銅価格高騰の波に乗って事業を拡げた。働いていた「エンターテインメント会社」の縁でセネガルに渡った18歳の陳瑞(チェンルイ)は、7年後にはカラオケバーのオーナーママになっていた。

一方、通訳から身を起こし、いまでは大規模な都市開発を手がける実業家の張永(チャンヨン)は、ダカール市内の目抜き通りで中国製の安物を売る新来の移民たちを「だらしのない負け犬だ」と切って捨てる。

ひと握りのたくましい成功者の陰に、夢破れ帰国してしまう人たちが無数にいることはたしかだろう。それでも、口づての成功談に突き動かされてアフリカへ渡ってくる人は後を絶たない。その多くは、ほとんど無計画とも言えるほど、ほんの思いつきでアフリカ行きを決心したようだと、著者は驚きを込めて書いている。

著者にとってさらに意外だったのは、移民たちが祖国に対する不満を実に率直に語ることだ。中国は(物理的な意味でも、人間関係の面でも)窮屈だ、公害がひどい、汚職が蔓延しているとは誰もが口にする不平だ。アフリカは故国よりもずっと自由だし、汚職も少ないと言う人もいる。昨今の中国の勢いは止まらないように見えるが、「上りのエスカレーターに乗り損ねたと感じている人は多い」のだ。それが海外移住の波の一因になっているのだろう。

一方、中国人を迎えるアフリカ人の気持ちはどうか。著者は訪問した各国で、中国人のもとで働く労働者から学者、市民運動家、野党指導者やシンクタンク研究員まで、さまざまなアフリカ人から話を聞いた。大量の移民が摩擦を引き起こすことは当然予想されるが、それにしても中国の評判はよくないーー中国は資材も資金も労働力も技術もすべて自前で用意し、安値をつけて請負契約をかっさらい、派手なハコモノをつくるが、仕事の質はお粗末だ。安物を大量に売りつけ、アフリカの限りある資源を「根こそぎ分捕ろうとしている」、悪政を敷く指導者を支援し、腐敗を蔓延させ、識者を沈黙させる。

アフリカ諸国にとって中国は「高邁な理想を掲げるが腰の重い」欧米よりも、少なくとも当初は、 ありがたい援助国であったろう。だが、いまや「ハネムーンは終わった」ようだ。ナイジェリア中央銀行総裁は、2011年の時点でこう述べている。「中国はもはや開発途上国の仲間ではないーー西欧と同じかたちの搾取ができる世界第二の経済大国だ。中国はアフリカの産業空洞化と低開発の著しい貢献国である」

アフリカはいま歴史の重大な岐路に立っている。世界でもっとも成長著しいこの大陸は、今世紀半ばには20億の人口を擁するだろう。豊かな自然資源の恵みと人口増加の強みを生かして、低開発と貧困から抜け出せるか、それとも、「またもやどこかの国の付属物になり下がる」のか。中国との関係をうまく利用できるかどうかで、この先50年間のアフリカの運命が決まるとするガーナの識者の言葉は重い。

さまざまな立場の100人近い人びとの物語を軸に、著者の深い洞察を随所に盛り込んだ本書は、実に貴重な示唆に富むドキュメンタリーだ。本書に描かれたアフリカ大陸の美しい風景や人びとの暮らしぶり、悪路に悩まされながらの旅の数々のエピソードからは、著者のアフリカへの深い思い入れが伝わってくる。

訳者にとってアフリカは遠い大陸であり、訳出作業は多くを学び、多くの発見に恵まれた貴重な経験となった。本書の魅力をできるだけ伝えようと力を尽くしたが、思わぬ誤りもあるかと思う。読者のご批判、ご指摘をお願いしたい。なお、本書に登場する中国人の名前の漢字表記は、台湾で出版された中国語版に従った。これについては、著者のご友人のアリシア・ワン氏と麥田出版(中国語訳の版元)編集部の林如峰氏からご協力いただいたことを感謝して記したい。 

2016年1月 栗原 泉

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
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