世界有数のエンターテイメントの街、ラスベガス。100年前にはたった数十人しか住民のいない小さな町だったが、今では毎年4,000万人以上もの観光客数が訪れ、沖縄の約6倍もの集客力を誇る世界有数の観光リゾートだ。しかも温暖な気候・海・歴史など豊富な観光資源に恵まれた沖縄とは違い、あたり一面砂漠しかない枯れ地に位置するラスベガスは、カジノとエンターテイメントだけで世界一の大歓楽リゾートへと成長した。
そんなラスベガス繁盛の裏には、今日のラスベガスを形づくった4人の皇帝たちがいる。ラスベガスに初の本格的なカジノホテルを作ったベンジャミン・シーゲル、奇抜なホテル計画でラスベガスを総合エンターテイメントの街に昇華させたホテル王ジェイ・サルノ、ラスベガスからマフィアを追い出しクリーンな街へと変身させた大富豪ハワード・ヒューズ、金融とカジノを結びつけさせ巨大リゾートを次々と築いたスティーブ・ウィンの4名である。いずれも強烈な個性を輝かせた人物たちだが、その中でもっとも奇抜なのがホテル王ジェイ・サルノ、本書の主人公だ。
病理的なギャンブル依存症、一日15時間も食事をしつづける大食漢、激しい女性への欲望と、道徳的にはけっして優れた人物ではないが、彼はその斬新な発想と実行力でラスベガスを「ギャンブルの街」から「エンターテイメントの街」へと変革していった。大きな野望と奇抜なアイデアを持った男が、いかにビジネスに成功し、街全体を変えていったのか、本書は稀代のホテル王の軌跡をたどる一冊である。
ジェイ・サルノのラスベガスとの出会いは1963年、彼が41歳の時である。アトランタやダラスなどでホテル業を営んでいたサルノは、ギャンブラーとして初めてラスベガスを訪問することになる。ラスベガスに最高の歓楽を期待したサルノだったが、残念ながら当時この街が提供するのはカジノだけであった。ありきたりなサービスで非日常が欠落しているラスベガスのホテルに失望したサルノは、自らこの街を変革すると意気込み、ラスベガスでのホテル建設を計画しはじめた。そしてラスベガスとの出会いから3年後、当時としては画期的なテーマ型リゾート「シーザーズ・パレス」を誕生させ、ラスベガスの風景を一変させた。
サルノは誰もが体験できる喜びをつくりだした。宿泊客には、尽きることのない快楽が約束された。官能的な曲線を描く建物の前で水が噴き上がり、緑色がかったネオンが砂漠の夜に優しい光を放つ。その内側では、笑い声と情熱、アクションが飛び交っている。そして、美食家の夢を叶えるかのようなご馳走が延々と続く。極めつけは、露出度の高いトーガを身につけたカクテル・ウェイトレスだ。それは、手を伸ばせば届くかもしれない、古代ローマのファンタジーだった。
当時の古代ローマ ブームも手伝って、古代ローマ帝国を模した「シーザーズ・パレス」に人々は殺到し、サルノのホテルはラスベガスの新時代を切り開くカジノホテルとなる。壮観なローマ風の装飾と、男性客のこめかみをマッサージするなど美女による官能的なサービスは、世界中から客を呼び込み、ラスベガスのホテルビジネス業界を「あっ」と言わせた。
次にサルノが取り組んだのが、カジノとサーカスを併設したテーマパークホテル「サーカス・サーカス」。ラスベガスでははじめて家族連れをターゲットとし、「ラスベガスは家族連れを対象としない」という当時の常識を大きく覆した。現代のホテル王スティーブ・ウィンもサルノのアイデアから着想を得ており、サルノがラスベガスの皇帝といわれる所以である。
ジェイ・サルノのホテル王としての活躍だけでなく、その破天荒な彼の人生も丁寧に描写している点が本書をさらに面白くしている。マフィアからの資金調達やその後の危ない攻防、連邦政府と法廷で真っ向から対立し勝訴、最後は数十歳年下の彼女とホテルで一晩過ごしながら心臓発作で大往生する等、話題提供に事欠かなかったラスベガスの風雲児の人生は、まるで映画の物語のようだ。
本書を読んでいると、カジノを合法化するだけでカジノリゾートが出来上がる訳ではないことがよく理解できる。そこには奇抜なアイデアで人々を魅了するホテル王が絶対に必要なのである。どれだけ魅力的なホテルをたてられるかがカジノ業成功の鍵と言えよう。
稀代のホテル王ジェイ・サルノの生涯をたどった本書は、それ自体が最良のエンターテイメントであるとともに、ラスベガス繁栄の秘密を理解する上で最良のガイドブックとして仕上がっている。最近、日本でもIR推進法案(通称:カジノ法案)が議論されているが、カジノリゾート本家本元であるラスベガスを理解する上で最良の一冊といえよう。