ついつい出れば買ってしまう、ヤマザキマリさんの新刊。今回は「リスボン日記」とやら。あれ、リスボンにもいたんだっけ? そう、いらしたそうなんです。時代は遡ること、2004年の夏の終わり頃。あの『テルマエ・ロマエ』の着想を得て、描き始めた時期なのでした。
何気なくページを開いたら、いつのまにかの一気読み。解説を書いている女優の本上まなみさんの帯の言葉の通り「爆笑」の連続で、渦中にあるご本人の苦労をよそに、怒濤のように続く珍道中の日々に、読んでいるうちに引き込まれて行く。
頻繁に登場するのは、姑。朝ドラでも嫁姑問題を扱うと視聴率が上がるらしいが、本書でも結構な頻度でイタリア人の姑さんが出てくる。さすがのヤマザキさんも押され気味のこの姑さんは、パワフルという言葉では足りないほどで、息子への溺愛がいつでもどこでも炸裂する。1日3回の電話とか、里帰りすれば50日間の滞在でも短いと泣かれるとか、とにかく大変なのだ。
ちなみに、ヤマザキさんは、2002年に年下のイタリア人と結婚。当初は、日本での仕事からすぐには離れられず、エジプトとシリアに留学していた旦那さんのところへの通い婚だったそう。息子さんが小学3年生を終えた2004年の春に、家族3人一緒にシリアで暮らすことになり、その後夏に移住したリスボンでの3年半のあいだの出来事を書いた文章をまとめたのが、この一冊だ。2012年に単行本が刊行されており、ご紹介するのは文庫となる。リスボン時代に、リアルタイムでmixiやブログに書いた文章ほぼそのままだという。
姑さんのみならず、イタリア人の旦那さん一家の破天荒ぶりは『モーレツ! イタリア家族』というコミックに詳しい。こちらはアモーレな大家族に振り回される生活を漫画で綴ったものなのだけれど、「リスボン日記」の方は、イタリアから少し距離のあるポルトガルで書かれているせいか、日本人の読者にも共感する部分が多い内容だ。
日記なので、下手な紹介よりも「とにかく読んで」といいたいところだが、それではレビューが終わってしまうので、この姑さんのお話をお伝えしておこう。
イタリアで完成させた漫画原稿を郵便で日本に送ったときの話が味わい深いのだ。原稿を締め切りの1月10日に間に合うよう、ヤマザキさんは12月22日にイタリアから日本に「一番早くて一番確か」なはずのイタリアの郵便で送るのだが、3週間経った締め切り時点でなぜかまだミラノで「処理中」。その話を聞きつけたときの姑のあの手この手での追跡がすごい。息子への愛は嫁にも通じるのか!
姑 「こういう郵便があるはずだから確認してくれ」
郵便局「それはここではわかりかねます」
姑 「もしその郵便物に爆弾が仕掛けてあるって言ったら?」
郵便局「えっ!?」
姑 「もしそれを触れた人すべてが感染する猛毒ウィルスが仕込まれてたらどうすんだい!?」
郵便局「……」
で、追跡できたらしいのだが、なんでしょう、この鮮やかな切り込み! すごい。すごすぎる。普通こういう切り込みはできないのではなかろうか。というか、しないかも。この機転と度胸ときたら。
話は飛ぶが、日本に数ヶ月滞在しているというイタリア人に聞かれたことがある。
「日本人の最大の発明はなんだと思う?」
は? カミオカンデ?
彼の答えはといえば。
「宅急便だよ! あれこそ日本人の最大の発明だ!」
和食居酒屋で叫ぶイタリア人とその回答にざわめく日本人。
「必ず送れば届く! しかも、2時間単位で指定できるなんて! 日本人は宅急便に安住している。素晴らしさをいちばん理解していないのは日本人だ」
「言われてみれば、確かにね〜」とあっさり頷く素直な私たち。
私自身もイタリアに雑誌を送った際に1ヶ月以上かかったことがあったし、そもそもが届かず再送するという残念な結果となったこともあった。イタリアの郵便事情が信用ならぬことは理解できる。2時間単位で時間指定までできる日本の宅配システムは確かにすばらしい。
それほどにイタリアの郵便問題は日常生活を蝕んでいるわけだ。ここに果敢に切り込む、姑さんの巧みな話術の展開ぶりにつくづく私はしびれた。ここを読めただけでもこの本を読んだ甲斐があるというもの。
ただし、読み手によっては、なかなか行けないイベリア半島の旅行記ともなるだろうし、いくつも紹介される映画やドラマ、本の記述は格好のガイドにもなるだろう。比較文化論にもいつのまにかなっちゃっているのでそう読むのもありだ。
なにより、解説の冒頭で本上まなみさんが「あの『テルマエ・ロマエ』を描かれたヤマザキマリさんが、まさか日々、シャワー室しかないお風呂で、赤ちゃん用沐浴タライに縮こまって浸かっていたとは!」と書かれているように、『テルマエ・ロマエ』誕生時期の「風呂なし」といった背景を読み取ることもできる(びっくり!)。銭湯ワープの着想を得たのもリスボンでだというし、夫婦そろって古代ローマ好きで、遺跡を訪ねる様子も出てくるほどだ。
思うに、目の前の人や起こっていることに真摯に対応しているヤマザキさんの一貫した姿勢があるから、なにがあってもどこか安心して読めるのだろう。
ヤマザキさんのこの姿勢には、それぞれが自分のポイントでなにかしら励まされることがあると思う。
そして、とにかく笑いたい人は開いてみるべし。人は一生懸命に行動するあまり、ギャグになるようなとんでもないことをしてしまう。読んだ後、郵便局と姑さんのやりとりで、私は何度も思い出し笑いをしている。