電車の中吊り、雑誌や新聞の紙面、テレビCM、Web、一日の生活でサプリメントの広告を目にしないことのほうが難しい。それもそのはず、市場規模は世界で1000億ドル(国内の2014年度コンビニ市場が約10兆円)を越え、2020年には2000億ドルに近づくと予測されている。れっきとした成長産業だ。
いったいサプリ産業はどのような手立てをつかって、現在の地位を築いていったのだろうか。本書の舞台であるアメリカでの政府、メディア、医薬品業界を巻き込んだ紆余曲折の物語は、1800年代にさかのぼる。
当時、薬の行商人は薬を欲しがる人たちには、何を言っても構わなかった。お客が信じたいと思っている限り販売に規制がない無法地帯だった。しかし、その状況を憂いていた一人のジャーナリストが薬のサンプルを化学者に送り、成分分析を依頼した。その結果はあまりにも杜撰なもので、誌上で「偉大なるアメリカのぺてん」という連載に仕上げた。そこでは、246の企業と人をやり玉にあげ、50万人以上が購読し、一般大衆は怒りを露わにした。
この機を逃さなかったのが、以前から食品業界と薬品業界の無規制により、頭を悩ませていた農務省の化学局長だった。生産者にすべての成分を表示するように義務づけ、処方箋なしで麻薬を売ることを禁止しようと連邦法を提案した。これに、業界の圧力団体は激怒し、圧力運動により法案は廃棄された。
しかし、リングサイドからタイミングよく救世主が現れた。それは、食肉解体加工業で働く移民労働者の窮状を小説にし、読者の正義感を動かすつもりでいた頑固な社会主義者だった。
倉庫の中に山積みで保管されていた肉もある。肉の上には雨漏りする屋根から水がしたたり落ちている。そして何千というネズミが走り回っている。倉庫は良くものが見えないほどくらいが、山積みの肉の上に手を滑らせれば、片手いっぱいの乾いたネズミのふんをすくい取ることができる。ネズミは厄介者なので、解体業者はネズミ対策に毒入りのパンを置く。ネズミは死ぬが、その後、ネズミと毒パンと肉は一緒にホッパー車に積み込まれる。
動いたのは、アメリカ人の正義感ではなく、胃袋だった。あまりにも悲惨な描写が影響し、肉の売り上げは半減、当時の大統領セオドア・ルーズベルトは議会に法律を作るように命じた。救世主の当初の狙いは外れたが、大きな風穴をあける最後の一押しとなった。既視感のあるストーリーだが、100年以上前の話である。
その後も繰り返されるずさんな薬害事件により、法律の規制は強まった。1960年代には最終的に製品のラベルにはすべての成分の正確な量を書かなくてはならなくなるなど、規制は強固となり、アメリカの魔法と奇跡のお薬&サプリメントショーの興行テントがたたまれかかけたのである。
しかし、薬品規制はこの後、金と政治を味方につけた業界団体の全米健康財団(NHF)に厳しい規制を掲げる食品医薬品局(FDA)が敗北を喫したことを契機に大きく後退した。その後に生まれた法律で信じられないくらい酷いものは、1994年に成立した栄養補助食品健康教育法だ。この法律によって、消費者は自分が買っているものが安全かどうか、効果があるかどうかを知る術を失った。しかも、この法律はサプリメント業界の権力者たちに扇動された消費者の運動に
よって成立した。消費者が自分たちの買っているものの内容を知らせないようにと陳情した、という異常な結果に終わったのだ。最後には業界の金が良識に買ったのである。
この法律では通常のビタミン、ミネラル、ハーブ、アミノ酸といういつもの面々だけでなく、どのような化学合成品であっても、製造者がこの製品は栄養補助食品なのだと言えばそうできる。
子羊の脳を食品、あるいは医薬品として分類すれば、安全と効果を証明するために何百ドルという費用と何年もの研究が必要だが、サプリと分類すればゴーサインが出る。証拠は何も必要ない
1994年以来、発売された51,000種類の新製品のうち安全性のテストがなされたのは、たったの0.3%、170種類だけだった。フリーパスを手に入れたサプリ業界の市場規模は、10年弱の間に9倍という急成長を遂げ、340億ドルとなった。
著者は先天性の病気を持ち、これまでに複数回の大病を患ってきた。50代で前立腺肥大の症状に悩まされるようになり、友人たちに通常医療をやめるべきだとアドバイスされ、前立腺にはノコギリヤシ、昔から痛めていた足と膝にはコンドロイチンとグルコサミンを飲むべきで、整形外科には行かないで、鍼かカイロプラクティックに行くべきだと勧められた。現代医療をむやみに信じるのはやめて、ここできっぱりと自分の健康を自分で管理するようにすべきだと強く勧められた。
さらに、著者は長年医療の現場で患者と向き合ってきた医者でもあり、標準医療による治療に失望させられてきた経緯もあって、言われるままにサプリを購入した。しかし、飲む前に購入したサプリが効くという結果を出している研究があるか、いくつかの論文を調べた。そこで明らかになったのは、代替医療全般に期待していたような驚くべき結果はなく、むしろ有害になりうる事実だった。
その探求を続けた結果、一冊の本になった。博識で熱心なお医者さんが代替医療を360度解剖して、わかりやすく噛み砕いて患者に語りかけてくれるような本だ。代替医療の伝道師として登場するインチキ療法士、医師や政治家のエピソードはワンパターンだけれど、感情を揺さぶられ、つい引き込まれるぐらいによくできている。そして、患者とその家族は科学的に検証されていない話を信じるように求める魑魅魍魎の治療者に騙され続け、大金を払い続けてしまう。
日本もこの話題に無縁ではなく、サプリは食品であるという前提で薬事法の規制を受けていない。さらに、栄養補助食品健康教育法を参考に規制緩和を進めようとしており、「機能性表示食品」もその流れの一つだ。少しでも、心当たりがある人は、インターネットの口コミや雑誌記事を読むのではなく、自分が飲んでいるサプリ、受けている治療についての科学論文を、注意深く読んでみてはいかがだろうか。