本書は Peter Vronsky, “Serial Killers; The Method and Madness of Monsters,”Berkley Books, New York, 2004 の全訳である。
著者ピーター・ヴロンスキーはオンタリオ州トロント生まれのカナダ人で、基本的には歴史家であるが、ジャーナリスト、著述家、そしてTVドキュメンタリーのプロデューサーなど多彩な顔を持つ才人である。トロント大学において刑事裁判史と国際関係におけるスパイ論で博士号を取得。博士論文は南北戦争期および1866年のフェニアン襲撃におけるカナダの安全保障の危機を主題としたもので、2011年にペンギン・ブックスから Ridgeway: The American Fenian Invasion and the 1866 Battle that Made Canada として出版された。現在はトロントにあるライアソン大学歴史学部で、国際関係史、テロリズム論、南北戦争、第三帝国、軍事史などの講座を担当している。
さて本書はそのような多才な歴史家である著者が、世界を慄え上がらせた連続殺人鬼、すなわち 「シリアルキラー」というテーマに挑んだノンフィクションであり、発売以来、英米加を中心にロングセラーとなっている。
通常、犯罪やその捜査をテーマとする本書のような書物の著者はいわゆるその道の専門家、例えば犯罪学者や捜査官などであることが多い。本書が資料として多くを負っているロバート・D・ケッペル、ジョン・ダグラス、ロバート・K・レスラーなどはいずれも元警官やFBI捜査官で、過去において実際にシリアルキラーの捜査に携わった経験も豊富である。
これに対して、本書序文に明記されているように、本書の著者ヴロンスキーはそのような意味においては犯罪捜査の専門家ではない。そんな彼が「シリアルキラー」という主題に魅せられるようになったきっかけは、二度に亘る個人的な偶然の出逢いであった。つまり彼は、これまでの生涯で二度、本物のシリアルキラーと遭遇したのである。しかもその内の一人は〈赤い切り裂き魔〉と呼ばれ、総計実に52人を殺害したとされるロシア史上最兇最悪の殺人鬼アンドレイ・チカティーロなのだ。特に犯罪マニアでなくとも誰もがどこかでその名を耳にしたことのある、言わばシリアルキラー界最大の大物である。
この二度にわたる遭遇において、著者はいずれもその時点においては、その一見何の変哲もない人物が実際には類い稀な怪物 ーーシリアルキラーであるということには気付かない。だが後になって初めてその事実を知った著者は烈しく動揺し、そして一つの疑問に突き当たるーー 果たして本当に二人だけなのか? もしかしたらただ気付いていないだけで、自分は他にももっと多くのシリアルキラーに遭遇していたのではないか、何とならば、自分以外の世の多くの人もまた知らず知らずの内にシリアルキラーに遭遇し、幸運にもそれに気付くことなく密かにその毒牙から偶然逃れているに過ぎないのではないのか? そもそもシリアルキラーとは、そうでない大多数の人間と比べて、何がどう違っているのか?
こうした疑問を探求すべく、著者は古代ローマから現在に至る、シリアルキラーの歴史の研究に着手する。こうして出来上がったのが本書『シリアルキラーズ』である。
「シリアルキラー」という言葉は前述のロバート・K・レスラーが提唱したもので、本書でも大きく取り扱われるアメリカの連続殺人犯テッド・バンディとその犯罪を表現する用語として造語された。 その定義は本書の中でもさまざまに為されているが、大まかに言うなら同一人物が二件以上の殺人事件を連続的かつ周期的に行ない、殺人と殺人との間に潜伏期間を伴うものをそのように呼んでいるようである。これと似たような概念に「大量殺人 mass murder」「スプリー殺人 spree killer」などがあるが、前者は一度に大量 (FBIの定義では一日以内に四人以上) を殺す者を言い、後者は短期間の内に2箇所以上の場所で殺人を行なうものを言う。また著者ヴロンスキーは本書において、新手のカテゴリとし て「スプリー型シリアルキラー」なるものの登場も指摘しており、その辺りの区別は複雑怪奇である。
本書は全三部構成で、第一部は古代ローマから中世ヨーロッパ、ヴィクトリア時代の英国などにおける連続殺人の記録を丹念に辿ることに始まり、ポストモダン時代の合衆国を筆頭とする全世界的規模での連続殺人の猖獗を追う。著者によれば1960年代半ば頃に連続殺人の歴史は大きな転換点を迎え、「シリアルキラー・エピデミック」と称される規模の拡大と質的変化を起す。だが一方で著者はいくつかの統計を引用し、ともすれば扇情的に取り上げられがちな犯罪の増加、凶悪化という「神話」の実体を暴くことも忘れない。この辺りは歴史家としての著者の面目躍如と言えるだろう。
第二部ではシリアルキラーたちの心理的側面にスポットが当てられる。ここでは法執行機関や心理学者、犯罪学者、精神科医などが用いた犯罪者の分類法やその根本的な差異などが論じられる。連続殺人という行為に関するさまざまな角度からの理論的考察に加え、その内容に呼応したエピソード満載のケース・スタディが随所に挿入されるという構成で、読む者を飽きさせない工夫が為されている。ケース・スタディの記述には著者の好みが色濃く反映され、詳しいものはとことん詳しく、そうでないものはそれなりに取り上げられているのが興味深い。また、他の類書にはあまり登場しないようなマイナーな殺人者まで網羅されているところが本書の魅力と言えるだろう。
第三部ではシリアルキラーの捜査の手法が論じられる。一時、映画などの影響で持て囃されたFB Iによる「プロファイリング」という手法がその眼目となる。あたかも現代のシャーロック・ホームズが用いる万能のメソッドのように捉えられている向きもあるプロファイリングであるが、その実態、歴史、使用上の注意、長所と短所など、誇張を交えることなく淡々とありのままに論じていく著者の姿勢には好感が持てる。最後に、読者諸賢が運悪く実際にシリアルキラーと遭遇してしまった場合に、生き残る可能性を少しでも上げる方法を紹介して、本書は終る。
原書の出版社であるバークリー・ブックスによれば本書は「連続殺人という現象の歴史的研究の決定版」であるという。この宣伝文句は嘘偽りの無いもので、そのことは他ならぬシリアルキラー自身が認めているのだ。本書に登場する (だが本書刊行時点ではまだ逮捕されていなかった) シリアルキラーの〈BTK絞殺魔〉ことデニス・レイダーが2005年に逮捕された際、彼はまさに本書を手にして読み耽っていた、というのは嘘のようだが本当の話なのである。
このように英語圏では現在も尚この種の主題に関する一種のスタンダードとして扱われている本書であるが、逆に言えば原書の刊行は2004年で、当然ながらそれ以降の情報が含まれていないという憾みが残る。この日本語版では翻訳者の方でその後に判明した情報等は適宜追加した。〔 〕で記した内容がその追加部分である。
著者ヴロンスキーは本書の後、続編として特に女性のシリアルキラーに焦点を絞った Female Serial Killers: How and Why Women Become Monsters を2007年に上梓している。これもまた興味深くかつ余り類書を見ない内容であるが、本書に対する読者諸賢のご支持如何によっては、この続編の邦訳出版も期待できると思われる。何卒ご支援、ご期待を乞う次第である。
2015年秋 翻訳者識