虫とミステリ。なんと素晴らしい組み合わせであろうか。今回ご紹介するのは東化研株式会社会長、兵藤有生氏(監修・林晃史氏)による害虫事件簿だ。東化研は、環境衛生管理を施工、コンサルタントする企業で、特に害虫防除に実績のある企業だ。本書は、長年食品製造などの害虫防除に携わった著者の、害虫混入事件体験記である。
事件は決まって、事務所の電話のベルが鳴るところから始まる。製粉会社や商社の担当者、はたまた友人知人が、突然見舞われた虫禍の解決を求めてベルを鳴らす。虫は生き物であり、時間がたてばたつほど被害は深刻になってゆく。解決には猶予がない。横浜の虫探偵は迅速に、しかし緻密に、小さな虫の目線に立ってその生活を暴いていく。
フランス産チョコレートに付着した赤っぽいイモ虫。製麺生地に混入した黒色の虫。ワインのコルク栓に潜んだ赤虫。新居のいたるところで蠢く小さな虫。中華店の天井から落ちてきた虫。輸入パスタに混入した虫は、穀物を食害する種類ではない、なのになぜ混入したのか。殺虫処理をしたばかりのパスタ工場から、処理の翌日に大量のシミが天井から降って来たのはなぜか・・・。またあいつだ!幼虫の穿孔能力の高さから都市生活のあらゆる場面に登場する可能性を秘めた“最強の虫”との戦い・・・。種々の事件が鮮やかに、時には苦い後味を残しつつも解決されていく。謎はすべて解けた!その小気味よさといったらない。
虫の発生場所は食品だけとは限らないのが面白い。ある日、虫探偵のもとに持ち込まれたのは英国産のバレエシューズ。靴下に茶色い紛粒状のものが付着していたことからシューズを確認したところ、その中で2~3ミリの白っぽい毛の生えた虫が動いていたという。この虫の正体はタバコシバンムシ。その発生場所はなんと底敷だった。底敷はエコ製品で、小麦を製粉するときに出る皮のクズを原料としたものだったために、虫が発生したのだ。
喫煙者にはショックな話もある。依頼者F氏は自動販売機にてタバコを購入、数本喫煙の後、翌朝また同じ箱に入っていたタバコを取り出し喫煙。すると舌に違和感があり、確認したところ吸い口のフィルターから小さなイモ虫が這い出してきたという。このイモ虫、正体はノシメマダラメイガの幼虫であった。蛹化と羽化を目的に、フィルター内に侵入したとみられる。F氏の自宅で夜間、タバコの置かれた付近に発生源があり、侵入したのではないか。F氏の喫煙場所についての記述はないが、換気扇の下や屋外で喫煙する場合のタバコの保管場所に注意するよう探偵は言う。台所や物置はノシメマダラメイガの蛹化・羽化場所であり、また、封の開いたケース内はゴキブリの格好の産卵場所となるという。食害されることもあるそうだ。喫煙者諸氏はぜひこの章を熟読するようお勧めする。
しかし面白いのが、探偵氏は元来の虫嫌いであるという。大量発生する虫の中、粘り強く調査を行う氏がまさかの虫嫌いとは信じられない。
特に毛虫、イモ虫などいまだになじめなく、桜の木の下やサツマイモ畑の道に大きなイモ虫がいると通ることさえできず、避けて遠回りする。人にとって迷惑な「害虫」は、私にとっては「黄金虫」だと本気で思うものの、拡大鏡や顕微鏡で小さな幼虫を覗いたとき、急に頭部を向けられると、思わず悲鳴を挙げる始末である。
ミステリ小説では探偵役の個性が魅力となっているものもあるが、ノンフィクションもしかりである。虫嫌いの虫探偵。冷静沈着に事件を解決していくが、内心では小さな幼虫たちにギャッと言わされているとは!
世界人口の増大が予想されている中、昆虫食に注目が集まっている。そんな時代に、例えば保存している米にコクゾウムシが発生したからといって、それが何なのだろうとも思うのだが、販売する商品に関わるとすればそれは管理不足といえる。TPPによる輸出拡大にともない、食品の輸出に際して、他国からHACCPによる衛生管理を求められることも今後留意しなければならないだろう。昨年、厚生労働省が食品事業者に対してHACCPによる工程管理の義務化を見据え管理運営基準の見直しを行ったのは記憶に新しい。虫だけではなく微生物も含めて、虫探偵の活躍は今後も続きそうだ。
本書は「Web科学バー」連載「粉につく虫の事件簿」を加筆修正したものである。連載記事は現在も閲覧可能なので、興味のある方はどうぞご一読あれ。