20世紀の半ば、人類史上最大の集団暴力が、ポーランドからウクライナ、ベラルーシ、バルト三国、ロシア西部にまたがる広大な地域を襲った。スターリンとヒトラーが同時に政権の座についていた1933年から45年までの12年間、この地で独ソ両国の大量殺人政策が重複して進められたのだ。スターリンもヒトラーも、自分の思い描く国造りのため、邪魔者を排除しようとした。ふたつの大国の狭間で、全体主義国家の思惑がぶつかり合い、多くの尊い命が奪われた。
東欧史を専門とするイェール大学のティモシー・スナイダー教授はその事実に着目し、この地域を”流血地帯(Bloodlands)”と名付けて調査に乗り出した。数年をかけて東欧諸国の公文書館をまわり、膨大な資料をあたって、国境で分断されてきた”地域”としての歴史を掘り起こしたのだ。そして、独ソの政策によってこの地で殺害された民間人、戦争捕虜の総数が(少なく見積もっても)1400万人にのぼることを突きとめた。
1930年代の主たる殺戮場はソヴィエト西部だった。ウクライナではスターリンが引き起こした人為的な飢饉で約330万人が命を落とし、その後の大テロル(階級テロルと民族テロル)でも30万人が銃殺された。1939年以降は独ソが共同でポーランドを侵略し、ポーランド国民20万人を殺害した。1941年にはヒトラーがスターリンを裏切ってソ連を侵攻、ソヴィエト人戦争捕虜やレニングラード市民など420万人を故意に餓死させた。さらに、1945年までに、占領下のソ連、ポーランド、バルト諸国でユダヤ人およそ540万人を銃殺またはガス殺し、ベラルーシやワルシャワのパルチザン戦争では報復行動などで民間人70万人を殺害した。
それで締めておよそ1400万人。ここには戦闘による死亡者はいっさいふくまれない。それでも、第二次世界大戦中の独ソの戦死者数の合計を200万人も上まわるという。しかもこの一帯では戦後も、ドイツ人への報復や民族浄化の嵐が吹き荒れて、多大な犠牲が生まれたのだった。
著者はそうした殺戮劇のひとつひとつを丹念に記述していく。信じがたい数値を示しつつ、犠牲者の遺書や手紙や日記、加害者側の記録や手記も引用し、被害者が生きた証を伝える配慮もしている。そこには著者の静かな怒りも感じられるようだ。しかしどの物語にも救いはない。あるのは、想像を絶する苦しみと恐怖のみだ。アウシュヴィッツの強制収容所では100万人のユダヤ人が殺されたが、著者はそれでさえ、ホロコーストの一部でしかないと言う。モロトフ=リッベントロップ線以東の地域では、はるかにすさまじい残虐行為が繰り広げられていた。しかしその事実の多くは大戦終結後におろされた鉄のカーテンによって封印された。ユダヤ人以外の人々も差別を受け、生命軽視の対象となった。だが時と場合が異なれば、彼らもまた復讐の鬼と化し、殺戮に手を染めたのだ。
率直に言って、読むのはつらい。人はこうも残忍に、利己的になりうるのか。こんな理不尽な生があってよいものか。あとからあとから繰り出される犠牲者数の膨大さは息苦しいほどだが、徐々に見慣れてくる自分が空恐ろしくなってきたりもする。しかし加害の歴史を持つ国に生まれた者としては、読み進めずにはいられない。真実を追い求める著者の強い信念がそうさせるのだろう。この記録との向き合い方を語る最終章の『結論──人間性(ヒユーマニテイ)』は圧巻だ。
本書がアメリカで刊行されたのは、2010年秋のことだった。新たな観点からヨーロッパ史を語った試みとして注目を集め、その後五年のあいだに30カ国以上で翻訳出版された。ニューヨークタイムズ紙、ワシントンポスト紙、デイリーテレグラフ紙などがこぞって書評欄で取り上げたほか、数多くの紙誌が年間ブック・オヴ・ザ・イヤーの一冊に本書を選出した。なかでもエコノミスト誌は、「歴史に詳しいと自負する読者も、彼の洞察、対比には何度もはっとさせられるだろう」と太鼓判を押し、「みごとなまでに説明と記録に徹し、公正に、しかも思いやりをもって誰に何が起きたのかを伝えている」と評価した。本書はまた、すぐれたノンフィクション作品に贈られるラルフ・ワルド・エマーソン賞、ヨーロッパの和解に貢献した書籍に授与されるヨーロッパ理解ライプツィヒ図書賞、ハンナ・アーレント政治思想賞など、権威ある12の賞を受賞した。
ティモシー・スナイダー教授は1969年生まれ。イギリスのオックスフォード大学で博士号を取得し、およそ10年のあいだ、パリ、ウィーン、ワルシャワなどで研究活動に従事した。イェール大学では2001年から教鞭をとっている。語学に堪能で、ヨーロッパの言語のうち、5カ国語を話し、10カ国語を読むことができるそうだ。本書をふくめて6冊の著書があり、そのうち最新作のBlack Earth: The Holocaust as History and Warning(Tim Duggan Books)は、2015年9月に刊行の予定だという。本業のほか、エッセーや評論の執筆に、講演にと忙しい日々を送っているようだが、ここ一年ほどは、ウクライナ問題について発言を求められる機会が多いらしい。
ロシアのプーチン大統領は、2008年に「ウクライナは国ではない。領土の大半はロシアに属する」と述べて当時の米国大統領、ジョージ・W・ブッシュを驚かせたと伝えられる。スナイダー教授は今年の6月、自由欧州放送(Radio Free Europe/Radio Liberty)のインタビューに応じ、ロシア政権のこうした姿勢について次のように語った。「わたしはロシアがみずから選んで孤立していることを憂慮しています。自分たちはつねに──1000年にもわたり──世界中の敵対行動の標的になってきた、というような歴史認識を持っていたら、他国と協力関係を築くのはむずかしいでしょう。ロシアではこんな戦争プロパガンダを耳にします。誰もがロシアを標的にして陰謀をたくらんでいる、ウクライナはそうした世界規模の陰謀の手先なのだ、というのです。ロシアは逃げ場がなくなるような状況を自分で作り出している。長期的に見れば、ウクライナよりもロシアのほうが心配です」
2014年3月のロシアによるクリミア併合以来、ウクライナ東部では親ロシア派武装勢力と政府軍との戦闘が続き、子供をふくむ多くの民間人が犠牲になっている。ポーランドもバルト三国も警戒を強めていると聞く。これだけの歴史を背負った人々の胸中には、わたしたち日本人にはうかがい知れない危機感と覚悟があるのだろう。穏やかな日々の訪れを願わずにはいられない。
2015年8月 布施 由紀子