『教師はサービス業です』身も蓋もない苦情の防具に

2015年7月26日 印刷向け表示
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教師はサービス業です - 学校が変わる「苦情対応術」 (中公新書ラクレ)

作者:関根 眞一
出版社:中央公論新社
発売日:2015-07-09
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教師は聖職。サービス業と書籍名で断言されて、気持ちのいい教師はいない。一方、苦情に関する調査で、教師の半数が「苦情が増加している」と答えた。特に50代以上が高い割合を占めており、ベテラン教師ほど苦情に悩まされているのが実態だ。多くは地域の住民や保護者から寄せられ、彼らと適切にコミュニケーションすることは円滑な学校運営に欠かせないため、誠心誠意の対応が求められる。

学校現場に寄せられる苦情、その背景は特殊である。はじまりは子どもが学校の不平不満や友達関係の不和を親に話すことである。親は子どもの相談にのるが、繰り返し同じ悩みを訴える様子に不安を覚え、教師に相談する。しかし、親が子どもから聞いている話は曖昧で事実と解釈が混ざっている(親を味方につけるために嘘の情報を伝える子どももいる)。親は不確実な情報の中で、教師と認識がすり合わせられず、相談のつもりが一方的な苦情や批判にすり替わっていく。

教師には根が真面目な性格の人が多く、また、学校以外での社会経験に乏しい。そんな教師にとって、親からの苦情への対応は簡単なことではないだろう。聖職者としのてプライドを持ち、意見を譲らずに頑なに主張すれば、保護者との対話は平行線になり、誠意のない杓子定規な対応をすれば激怒され、譲り過ぎれば業務負荷が増えかねない。

他にも子どもの喧嘩の仲裁で、一方の親の味方をすればもう他方の親から敵扱いされ、どちらにも聞き心地の良い言葉を発信すれば二枚舌と批判される。態度についても、あまりに礼儀正しいと堅苦しいと評判がたち、親しみのある対応をとれば、馴れ馴れしいと思われる。その塩梅が難しいのだ。このような対応に求められる資質はサービス業で求められる資質と変わらない、それが本書の読後感であり、決して大げさなタイトルではないと思う。

著者は百貨店のお客様相談室の室長として長年クレームや苦情対応の最前線に立っていた。百貨店は多彩な業界から集められた多種の商品を扱うため、多様なクレームが寄せられる。その経験を活かし、クレーム・苦情対応のプロとして、病院、歯科、公務員、飲食業界など業界を問わずアドバイザーとして活躍している。社会全体が感情労働化している今、需要が高まる職業だろう。

教育関係では業界新聞での連載や100以上の講演を行っており、学校現場で過剰な要求や痛烈な苦情をするモンスターペアレンツ、その対応悩まされ、孤独になっている教師に救いを差し伸べている。

前回はたかが2円だと思って来ていただろう。それでは、聞くが、おたくでは1000円の品物を、手持ちが998円しかないのですが、売っていただけませんか、と言われたらどうする。売らないだろう?

著者が百貨店勤務時代に、釣り銭がたった「2円」不足し、苦情が入った顧客に謝罪しに行った際のやりとりだ。たかが「2円」で、たまったもんじゃない!と先入観を持っていた著者はその心理を見透かされ、顧客に痛烈に批判された。

無数の苦い経験をデパートの現場で数多く積んだ中で見つけたことは、各業種で苦情の特徴は異なるが、顧客が立腹するポイントはほとんど共通していることであった。学校現場における教師と保護者間も例外ではない。教師にとっては子どもに教え接することは繰り返しの生業であるが、保護者にとってはかわいい子どものたった一度の人生である。教師が常時、相手の立場に立って考えるのは難しいが、その努力をすることで苦情は減らすことができるし、対応も円滑になる。

本書は学校現場のとんでも苦情事例集ではないが、「運動会の日程を変えて欲しい。統計上雨の日が多いから」という無理難題や、保護者からの苦情の電話が夜7時から11時まで続くなど対処に戸惑う苦情が紹介されている。一言一句間違えるだけでも、琴線に触れる可能性があるため、対応策も一言一句こだわって紹介されている。ときには「無言」が最大の解決策になる、修羅場をくぐり抜けてきた著者の知恵が詰まっている。

また、アメリカと日本を比較して苦情とクレームの違いを考察している面も興味深い。アメリカが訴訟社会であるならば、日本は苦情社会である。アメリカでは年間1800万件、17人に一人が訴訟を起こしている。日本は62万件で207人に一人ある。一方で日本では、「嫌な思いを何回した時に苦情を言うか」を調査した際に、4〜5回に1回というデータがある(アメリカのデータはない)。

学校現場でもアメリカでは問題の多くが訴訟にまで発展する、保護者からの一方的な訴えだけではなく、教師側も躊躇なく訴える。しかし、弁護士の手に委ねるため、教師一人が悩むことはない。日本では、苦情が訴訟に発展することはなく、和をもって貴しとなす、無理にでも丸く収めることが求められている。そして、教師は精神的苦痛を受けることになる。

今年に入ってからは教師と保護者だけでなく、PTAや保護者間のコミュニケーションでの問題がニュースでも頻繁に取り上げられている。学校や地域などの閉塞的な環境では苦情や悪口をかわすことも逃げることも難しい。ときには些細な悪口が命を断つ判断まで、人を追い込むことがある。たかが苦情、されど苦情である。苦情に埋め尽くされた生きにくい世の中で、本書の苦情対応術は学校に関わる人にとっての強固な防具になる。

教師の心が折れるとき: 教員のメンタルヘルス 実態と予防・対処法

作者:井上 麻紀
出版社:大月書店
発売日:2015-05-20
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感情労働シンドローム (PHP新書)

作者:岸本 裕紀子
出版社:PHP研究所
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ブルーカラー(肉体労働)でもない、ホワイトカラー(頭脳労働)でもない。感情労働について関わる現象を読み解いた。
 

督促OL 修行日記 (文春文庫)

作者:榎本 まみ
出版社:文藝春秋
発売日:2015-03-10
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返さない方が悪いのに、何も悪いことはしていない。それなのに、むしろ逆切れされて文句を言われる仕事もある。深津のレビュー 

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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