『十字路が見える』 女よ、葉巻より大事にされたかったら、煙になって消えてみろ

2015年7月6日 印刷向け表示
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十字路が見える

作者:北方 謙三
出版社:新潮社
発売日:2015-06-22
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男の人生は、十字路の連続である。
右へ行くか左をとるか、それとも真っ直ぐに進むか。君はいま、十字路に立っているかね。つらいものと楽なものが見えたら、つらい方を選べ。それが、ほんとうはつらくない。長く生きた人間からの、ちょっとした忠告さ。

くーっ、しびれる。久しぶりの北方節だ。漢と書いて“おとこ”と読ませる、男をえがく男の作家・北方謙三。しかし意外にも彼の肉声を伝える文章は少ない。私の記憶が確かなら(ほかに記憶している人はいないだろうが)1999年に『風待ちの港で』を出して以来の16年ぶりのエッセイ集である。

40代以上の男性なら、かつて「HOT DOG PRESS」という雑誌に連載されていた『試みの地平線』を覚えている人は多いだろう。伝説の人生相談として語り継がれるそのコーナーは、彼の30代の最後から16年間続いた。童貞の青年に「ソープへ行け!」と叱咤し、死にたいと泣きつく奴には「アイバンク登録をしてから死ね!」と突き放す。女とは男とは何かを熱く語り続けてきた。あれから20年。彼はどんなふうに年を重ねてきたのか。

女にとっては、いつまでも「男、男」と突っ張っているその姿は、頼もしくもあり可愛いものでもある。ある女性作家が「北方さんって、心はいつも半ズボン」と言いえて妙なたとえをしたのも頷ける。

料理好きでもある。特に時間のかかる煮込みや燻製などは読んでいると涎が出る。しかしそこにも彼の流儀がある。

そして、時々思う。カレー作りは、まるで小説を書くことと同じではないか。
上手く書けても、誰も陶然としない。全身全霊で書いても、ひと晩で読まれ、面白かったとひと言で終わってしまう。

 

北方謙三は今年68歳になる。もう立派なジジイになった。薀蓄を語らせたら、日本で一番面倒くさいジジイになりつつある。38歳から近くで見てきたが、トップを走り続ける流行作家の30年という年輪は伊達じゃない。上梓した小説は軽く200冊を超える。

だが、老いは確実にやってくる。

北方といえば葉巻とマセラッティがトレードマークだった。

そして六十歳を過ぎて、私は死ぬのがあまりこわくなくなり、踏みこむ足に自制が利かなくなってきた。
ここだろう、と思った。ここで決意しないと、決意するエネルギーも私は失う。
六十五歳で、私は運転をやめた。

私はこのエッセイを読んだあと、ちょっと泣いた。二十五年乗ったスパイダー・ザガートがディーラーに引き取られる場面だ。何度この車でカンヅメになったホテルに資料を届けただろう。北方謙三事務所では公用車までマセラッティだったのだ。

今年、デビューからずっと伴走してくれた編集者が停年を迎えた。彼に育ててもらった、いや、彼がいなかったら作家になっていなかった男たちが、ある全集を編むことになった。もちろん、編集者は山田裕樹というその男である。そしてその全集は素晴らしいものになりつつある。

小説が好きで面白い物語を読みたいと思う若者たちよ。過去、ここまですごい小説だけを集めた全集はない。今後もしばらくできないだろう。北方謙三をはじめ、こんな小説を書くジジイたちが、まだゴロゴロしているぞ。

私の作家人生では、これからまだいくつも十字路があるという気がする。
よかろう、つらい方を選んでやる。とにかく、私は書くさ。君は、読んでくれ。つまらなかったら、その時、私のことなど忘れればいい。

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極限の彼方 (冒険の森へ 傑作小説大全5)

作者:田中 光二
出版社:集英社
発売日:2015-07-03
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全20巻の全集の 第2回目の配本が先週きた。編集委員は逢坂剛、大沢在昌、北方謙三、船戸与一、夢枕獏。熱きメッセージはこちら

7月8日(水曜日)『十字路が見える』刊行記念のトークショウが行われる。生の北方謙三は、なかなかすごいぜ。

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作者:成毛 眞
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