『宇宙を創るダークマター』 この世はダークでできている

2015年6月22日 印刷向け表示
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宇宙を創るダークマター

作者:Katherine Freese 翻訳:水谷 淳
出版社:日本評論社
発売日:2015-06-15
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 「この世は謎に満ちている」という言葉は比喩ではなく、最新の科学的成果に基づく正確な世界描写であるようだ。2009年ヨーロッパ宇宙機関が打ち上げたプランク衛星によって得られた高精度なデータを基に2013年に発表された研究結果によれば、宇宙の26パーセントをダークマターが、69パーセントをダークエネルギーが占めているという。我々を形作っている原子や空を照らす光などの通常物質が占めるのはわずか5パーセントに過ぎないのだから、この世は謎に満ちているどころか謎だらけといっても過言ではないだろう。

本書はダークマターの専門家であるミシガン大学教授の著者キャサリン・フリースが、科学者達がこの100年間どのように競い合いながら宇宙の謎に迫ってきたか、そして世界の姿はどれだけ明らかになっているのかを解説する。著者が「21世紀は宇宙論の黄金時代」というように、この数年の間にも新たなデータが発見され続けており、宇宙の姿は更新されている。学生時代で宇宙像が止まっている人は、その最新の姿に大いに驚くはずだ。

最先端の素粒子論までを解説しようとする本書の議論についていくのは容易ではない。何度読み返してもよくわからない、想像もつかない部分があるのだが、「超ひも理論の理解者はパンダより少ない」のだから仕方がない。その理論の詳細までは理解できなくとも、著者は自身の研究人生やこの分野で活躍する科学者たちの逸話を交えながら話を進めていき、何が議論のポイントとなっているのか、人類がどのように宇宙の秘密に挑んでいるかをありありと伝えてくれる。宇宙の神秘とそれに挑む生々しい人間模様に、興奮しながらページをめくることになるはずだ。

優秀な分子生物学者の両親のもとに生まれた著者は、16歳でプリンストン大学に入ると最初の2年間は男子とのデートに明け暮れるも難なく物理学の学士号を取得し、12の大学院から博士課程のオファーを貰う。その後はニューヨークで遊びほうけつつもコロンビア大学で修士号を取得し、フェルミ研究所での研究のかたわら授業を受けていたカゴ大学で素粒子宇宙物理学の開拓者デイヴィッド・シュラムにスカウトされたというのだから、凄すぎて嫉妬心すら湧いてこない。

誰もが羨むようなスタートをきった科学者としてのキャリアも、実は順風満帆なものではなかった。アインシュタインの特殊相対論を扱った『時空の物理学―相対性理論への招待』の影響で高エネルギー実験物理学者を目指した著者が辿り着いた研究の現実は、理想とは大きく異なっていたという。念願だったフェルミ研究所でニュートリノ研究チームに配属された著者の最初の仕事は、粒子検出装置の1000本の光電管が正常に動作しているかをチェックすること。手を血だらけにして作業に取り組んだその装置はあまりにも巨大で、とてもその全貌を理解することはできなかったという。著者は、数百人という大きなチームでの作業よりも、「最初のアイデアから、計算、そして論文への執筆へと、短時間で研究全体を取り仕切る方が面白い」と感じ、シカゴ大学の授業に忍び込んでいたのだ。

現代のダークマター探しは4つの段階に分けられる。最初の段階では、カリスマ科学者に率いられた数人のチームが新たな実験方法を提案する。次の段階でチームは10人程度となり、装置の性能とシミュレーションが一致するかをチェックすることに数年をかける。第三段階でいよいよ小規模な実験が、南極点や地中などのバックグラウンドノイズの避けられる場所で行われるようになり、予算の規模も数百万ドルとなってくる。最終段階の本格的実験では、予算の規模は数千万ドルに及ぶこともあり、多くの科学者が10年程度研究を続けるのである。

大金のかかる素粒子実験には、常に「何の役に立つのか?」という疑問が向けられてきた。著者はその1つの回答としてCERN(ヨーロッパ原子核研究機構)によるワールド・ワイド・ウェブの発明をあげている。世界各国からCERNに集まる研究者たちが、バラバラの場所いながら効率的にデータを交換するためにという目的で、ティモシー・バーナーズ=リーがつくり上げたWWWの恩恵を考えれば、CERNに対する投資は安いものだったかもしれない。本書は純粋科学の追求と社会的効用の関係性を考えるための示唆も与えてくれる。

ダークマターの存在が初めて提唱されたのは1930年代。それは、フリッツ・ツヴィッキーによる奇妙な観測結果がきっかけであった。ツヴィッキーはかみのけ座銀河団の研究中に、1つ1つの銀河の動く速度が、従来理論の上限値をはるかに上回っていることに気がついた。ニュートンの法則によれば惑星の公転速度は、公転軌道より内側にある総質量の平方根に比例し、中心から惑星までの距離の平方根に反比例する。つまり、銀河の異常な速度は、銀河の質量がそれまでの想定よりも遥かに大きくなければ説明がつかなかったのだ。

現在では、ダークマターの存在は重力レンズの効果や銀河団中の高温ガスの存在などからも確かれられており、その存在は疑いの余地のないものとなっている。ダークマターについて確実なのは「重力を感じるということだけ」であるが、その正体の可能性は徐々に狭められてきている。著者は、黄金時代の只中にいる喜びを以下のように表現する。

20年前に自分が提案した方法論を使った実験が、ダークマター粒子を検出できる瀬戸際に来ているらしいことに、私は一人興奮している。すでにいくつかのグループが説明のつかない結果を出しており、それがダークマターの発見につながるかもしれない。

ヒッグス粒子の発見に湧いたCERNの粒子加速器LHCはその出力をあげて2015年4月に運転を再開した。もしかしたら、ダークマター粒子の発見というニュースが世界を駆け巡るのもそう遠い未来ではないかもしれない。しかし、世界の謎が全て解き明かされてしまうと不安に駆られる必要はない。ダークマターよりも謎めいたダークエネルギーが残されているのだ。世界は、間違いなく謎に満ちている。

生命の惑星: ビッグバンから人類までの地球の進化

作者:チャールズ・H. ラングミューアー 翻訳:宗林 由樹
出版社:京都大学学術出版会
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