ニューヨークの観光名所アメリカ自然史博物館の一角に、生物誕生後の35億年の間に起きた5度の大絶滅を紹介する展示物がある。その展示物の銘版には、過去5度の絶滅は、隕石衝突含む地球規模の気候変動によっておきたものと解説され、そしてそれに続いて驚くべき一文が続く。「現在、6度目の大絶滅が進行中であり、今回の原因はひとえに人類が生態系の景観を変えたことにある」と。
約6500万年前の白亜紀末に恐竜ふくむ全生物種の70%が絶滅した大量絶滅にひとしい事態が今まさに起こっている。本書では、『ニューヨーカー』紙記者の著者が世界のいたるところで起こっている生物の大量死の現場に赴き、それぞれの大量死の謎に迫っていく。そして本書読者は、本書を読み進めるうち、今回の大絶滅は私たち人類が知らず知らずのうちにひき起こしていることに徐々に気づかされることになる。
著者の現場への旅は中米パナマ共和国に生息する黄金のカエルが次々と姿を消していくエピソードから始まる。かつてはパナマ中で発見でき、幸運の象徴として親しまれてきた黄金のカエルが、ここ十数年のうちに自然界からほぼ絶滅してしまったそうだ。
黄金カエル大量死の犯人はすでに明らかにされている。ツボカビといわれる菌である。そしてこの菌を運んできたのは私たち人間であることもすでに判明している。もはやツボカビ菌の猛威はとどまる事をしらない。こうしている間にも、グローバル化の波にのって世界中に広がっているのだ。
これまでにすでに世界の両生類種の30%もの種数の減少をもたらし、今後も絶滅種を増やしていくことは確実視されている。私たち人類は、すでに各地で猛威をふるうこの菌の拡散を止めることはできず、今となっては指をくわえて見ることしかできない。今では両生類の約半数が絶滅危惧種である。
カエル含む両生類だけではなく、魚介類も危機にさらされている。水温上昇と海中の二酸化炭素量増加により世界中のサンゴ礁が絶滅の危機にさらされていることは有名だが、本書によると事態はさらに深刻である。
現在、海中の二酸化炭素量が増えることにより海洋酸性化が急速に進んでおり、あと数十年後には海中の水素イオン濃度(PH)は、現在の8.2から7.8まで酸化するという。7.8といえば二酸化炭素を噴き出す熱水噴出孔と同じ濃度。ここまで海の酸化が進めば、海洋生物種の1/3以上が絶滅することになり、日本食の代表格である寿司のネタ数があと数十年で激減することになる。
人類による生態系の破壊(急激な気候変化、生息地の略奪、種の移動)が引き起こす生物の大量死は深刻だ。大絶滅を引き起こしている当の本人にとってはあまりにも緩慢でそれと分からないものの、地質学的には一瞬の出来事となりえる。かつて白亜紀末の隕石による恐竜絶滅の謎を解いたウォルター アルヴァレズはこう言う。
私たちは人間が大量絶滅を引き起こすこともあるということを、いま自らの目で見届けているのです。
著者はあえて本書でこの6度目の大絶滅を食い止めるための処方箋は明示せず、ジャーナリストとして世界中で見てきたことをありありと報告することにとどめている。本書最終章で彼女が下す結論はとっても冷徹だ。
本書のテーマである大絶滅は、一見、身の毛もよだつ怖いテーマ。だが同時に興味深くもある。生物史35億年の中で、恐竜含む地上の生物たちが、どのような変化に耐え、また、どのような変化には耐えられなかったかという知的好奇心を満たしてくれるのだ。
壮大なスケールで歴史を語る本書を読むと、日常の時間の観念から一歩離れてものを見るようになり、地球史の俯瞰的な視点をもつことができる。自分は良くも悪くも長大な自然史のほんの一部でしかないちっぽけな存在であることに気づかされる。日頃、目の前の仕事を猛烈にこなしている人にとって、格段に視野を広くさせてくれる、そんな一冊だ。
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期せずして同じ週にクロスレビューを書くことになった。本書をいち早くアップした村上浩のレビューはこちら。
温暖化によって近い将来そこで何が起こりえるのか、最新の気候シミュレーションモデルを用いて予想するのが本書。本書を読むことで、2050年頃の地球がどうなっているかを想像できるようになる。過去のレビューはこちら。