無人航空機の実戦投入など実現不可能だと誰もが思っていた。2日以上飛び続ける無人機の開発プロジェクトを耳にしたアメリカ空軍の専門家は、「物理的に不可能だ」と吐き捨てた。技術的なハードルだけではない。無人航空機が戦争にもたらす意味を理解している人間もまたいなかった。1970年代にはイスラエル空軍最高司令官でさえ、「そんな無人機は、もし実現しても空軍では買わない」と考えていたという。
それでも、プレデター(米軍初の中高度長航続時間無人機)はその不可能を実現させ、CIAや米軍のあり方だけでなく戦争そのものを変質させた。2010年時点でアメリカ軍には無人機(ドローン)が8,000機近くあり、テロとの闘いには不可欠な存在となっている。著者による「週刊文春3月5日号」の最新レポートによると、アメリカ空軍は過激派集団「イスラム国」対策に40機のドローンを投入している。また、ドローン技術が変えたのは戦争だけではない。ドローン誕生の瞬間は新たな科学技術時代の幕開けとして記憶されるかもしれない。なにしろ、Amazonがドローンを用いた配送を計画中であると発表したように、この技術はあなたの日常まで変えてしまう可能性すら秘めているのだ。
長年にわたって軍事関連取材を行ってきた著者は、先ずドローンがどのような技術革新の末に産声を上げたのかを明らかにしていく。最初の一歩を踏み出したのは、航空技術の発展に人生を捧げたイスラエルの技術者エイブ・カレム。カレムは並外れた自信家であり、怒りっぽく、気に入らない部下は直ぐにクビしていたが、航空機の設計においては間違いなく天才だった。1973年10月、国有宇宙航空企業の技術革新担当責任者だったカレムは、ヨム・キップール戦争最中のイスラエル軍のためにレーダー妨害装置の製作に取り掛かっていた。あるときカレムに閃きがおとずれ、ドローンの歴史が動き出す。
遠隔操作無人機に対戦車ミサイルを搭載して数時間連続で空中に留まっていられるようにすれば、それはイスラエル侵攻軍を打ち負かす手段になる。
このアイディアに取り憑かれたカレムは会社を辞め、無人航空機のための会社を起ちあげる。無線による航空機の操縦という概念自体は1930年代から存在し、1960年代には米海軍が対潜水艦空雷搭載の無人ヘリコプターを配備していた(海上自衛隊でも運用されていた)。しかし、この無人ヘリコプターには不具合が多くその半数が墜落によって失われていたというお粗末なもので、1971年にプログラム自体が中止となっている。もちろん、カレムはこのような背景を知っており、「数時間連続で空中に留まる」ことの技術的ハードルの高さを理解していた。誰にも負けない技術と自信だけを持って祖国イスラエルを離れ、カレムは大きな夢を持つものが集まる場所、アメリカヘと向かう。
カレムのたどり着いたアメリカには、航空機技術に精通した起業家であるブルー兄弟がいた。ブルー兄弟にひらめきをもたらしたのは、1983年のソ連による大韓航空機撃墜事件。この事件はアメリカが航行衛星の使用を他国へ開放する契機となり、GPS時代を到来させた。目ざとい起業家達がナビゲーションシステムを用いたビジネスを模索する中、ブルー兄弟の兄ニールは安価なGPS誘導武装無人機というアイディアに行き着いた。冷戦の緊張が高まる世界情勢を熱心に研究していたニールは、CIAが武装無人機を必要とする時が来ると確信していたのだ。そして、ブルー兄弟の会社ジェネラル・アトミックスは、プレデターを生み出す。
しかしながら、プレデターの自動化は思ったようには進まず、離着陸にはパイロットの操作が必要だった。1990年末、技術的袋小路に入り込んでいたブルー兄弟に、高い無人操縦技術を持ちながらも資金繰りに行き詰まったリーディング・システムズ社の買収話が持ち込まれた。冷戦終結に伴い米軍予算は相次いで削減されており、無人機市場は無きに等しい状況で、リーディング・システムズには収益基盤そのものが無かったのだ。しかし、ブルー兄弟は185万ドルでリーディング・システムを買収した。ニールの投資哲学は、「麦わら帽子は必ず冬に買え」だという。ニールの読み通り季節はめぐり、“テロとの闘い”という無人機にとっての夏がやってくる。そして、この麦わら帽子はただの帽子ではなかった。リーディング・システムズこそ、天才カレムが創りあげた会社だったのだ。
本書の前半は、このような技術革新の胸躍る物語だ。カレムやブルー兄弟に加えて「脳みそが二つある男」と呼ばれる無線技術オタクという魅力的人物や007のリアル版とも言える秘密航空部隊ビッグサファリなどが次々と登場し、どのような天才が、どんな組織がイノベーションを起こすのか、そのイノベーションがどのように世界を変化させていくのかが描かれる。この前半部分だけでも十分にエキサイティングだが、後半に進むにつれ本書のフォーカスは技術やビジネスから政治と軍事へと移っていき、重々しい雰囲気となってくる。関係者への膨大なインタビューを基に描き出される軍事作戦はあまりにもリアルで、ページをめくる度に心拍数が高まっていく。特に、プレデターによるアルカイダのNo.3モハメド・アテフ殺害の真相は必見だ。
米軍という巨大な官僚組織の抵抗やCIAと軍の縄張り争いに巻き込まれながらも、プレデターの存在が認められるきっかけとなったのはボスニアでの実戦配備・偵察飛行の実績だ。従来の技術では対応できない困難な戦闘、高まり続けるコラテラル・ダメージ(民間人の犠牲)への批判が、ドローンの発展を加速していく。著者は、「必要は発明の花にして、戦争は必要の母」であるという。そして、決定的な必要を生み出す事件がアメリカを襲う。2001年9月11日、ドローンは、いつか手に入れたい物から今直ぐに必要不可欠なものへと変貌したのだ。
ドローンによる暗殺行為がゲームに似たものだと考えるのは、想像力の欠如である。プレデター操縦者の感覚は、戦闘機操縦者のそれよりも、スナイパーのものに近いという。プレデターでの追跡は、数時間に及ぶことも珍しくない。そのため操縦者は個人が識別できるレベルの解像度で目標を何時間も観察し、その身体がバラバラに吹き飛ぶ姿を見つめなければならないのだ。ドローンは戦争の姿を大きく変えたが、戦争の悲惨さが消え去るわけではない。アメリカ政府は武装ドローンの輸出に向けて動き出した。今後、ドローンがより身近なものになっていく流れはもはや止められない。ドローンが私たちの何を変えるのか、このドローン創世記が多くのことを教えてくれる。
科学者からのきなみ「不可能」だと言われていた飛行機技術はどのように発展してきたのか。ライト兄弟に始まるその歴史を多数のデータとともに描き出す。革新を起こすのはいつだってアウトサイダー達だ。理論的な部分の説明もみっちりとなされており、知的好奇心をビシバシと刺激してくれる。レビューはこちら。
CIAの歴史の中でも最悪の事件の1つにもあげられる、2009年のチャップマン基地自爆テロ事件の真相に迫る一冊。テロとの闘いの現場では実際にどのような活動が行われているのか、アメリカはどこで間違えたのか。緊迫した空気感が伝わってくる。レビューはこちら。
ロッキード・マーティン社の先進開発計画である「スカンク・ワークス」は、ステルス戦闘機など数々の最新鋭軍用機の開発に成功した。スカンク・ワークス2代目トップを務めた著者自身の手によって、創造型組織の全てが明らかにされる。残念ながら絶版のようなので、入手されたい方はお早めに。
秘密航空部隊ビッグサファリのトップを務めたビル・グライムズが自らその組織の全容を明らかにする本のようだが、邦訳版は出ていないようでKindle版もないため非常に入手しにくい。何とかして読みたい一冊。