ダイエットや資格の取得など、新たな1年を新たな目標とともにスターとした人も多いだろう。あなたの目標がどんなものでも、目標など設定していなくとも、本書が投げかけるメッセージ「Go Wild(ワイルドに行こう)」は人生をより良い方向へと導くためのヒントを与えてくれる。
本書の主張はシンプル。人類は600万年前の誕生から1万年前に農耕を発明するまで野生の生活を送っていたので、人類の体も脳も野性的な狩猟採集生活、つまり「ワイルド」な状態に進化的に最適化されている。そのため、ワイルドという人類本来の状態に身を置けば、より健康で、よりクリエイティブで、より幸せな人生を送ることができるのだという。それではワイルドな生活とはどのようなものか、ワイルドは私たちに何をもたらしてくれるのか、最新の科学的知見と自らの体験をおりまぜながら、その真髄に迫っていく。
本書は、人類の進化を振り返る第一章から始まり、第二章では野生の体には見られない、現代人のみに現れる文明病が紹介される。そして、第三章から第九章までの各章では、ワイルドな食事、運動、睡眠などが具体的に説明され、現代の生活にどのように組み込むことができるかが示される。Googleなどが社内研修で取り入れたことでも話題になったマインドフルネスなど、馴染みが薄いが刺激的アイディアも満載だ。終章となる第十章では、著者2人のワイルドライフがその成果とともに振り返らえる。担当編集者松島倫明氏の日本語版あとがきによると、この本で松島氏の生活も随分ワイルドなものになったようだ。
原始的な生活は厄介に思える。高い乳幼児死亡率、面倒な移住生活、野生動物の脅威。文明の力は人類から多くの災厄を確かに取り除き、どんな時代よりも多くの人口と長い寿命を可能にした。しかしながら文明は、新たな問題も同時に人類にもたらしたのである。現代的生活習慣がもたらした肥満や2型糖尿病だけでなく、寄生虫の欠如がもたらす自己免疫疾患なども「文明病」と呼ぶのが相応しいという。ある種の病気の増加は平均寿命の伸長が原因であると言われることも多いが、著者は様々な事例を引用しながら、それらの病気も実は文明病であることを明らかにしていく。
著者は文明を捨て去れと言っているわけではない。「文明化に伴うコスト、つまり文明病は、ある程度なくすことができる」と主張しているのだ。快適な生活の全てを諦めることなく、ワイルドな生活は実現可能なのだ(白いご飯や甘いおやつなどは我慢せざるを得ないようだが)。例えば、過剰な栄養摂取がもたらす少女の異常に早い初潮、その結果としての乳がんと卵巣がんの増加は抑えることができる。本書には文明を手放す気のない人でも実践可能な具体的アドバイスにあふれており、読書中から色々と試してみたくてウズウズしてくるはずだ。
原始人類の運動の特徴はどこにあるのか。先ず目につくのは、ヒト特有の二足歩行とそれがもたらす長距離走破能力だ。現代の狩猟採集民には、野生動物がバテるまで走って追いかける持久狩猟を行っているケースも見られる。そのため、「ヒトは走るために生まれた」と言われることもあるが、この考えは走行中のヒトの運動効率の研究から否定される。ヒトの体は走行中の運動効率が特に高いわけではない。それどころか、ヒトの様々な運動の中で特に効率が良い運動というものが見られないのだ。それでは、人類のワイルドな動きとはどのようなものなのか。
特徴的な動きがない、ということがワイルドな動きを理解する鍵となる。つまり、多様で複雑な運動こそがワイルドな人類本来の動きなのである。ジムのマシン上を走ることではなく、野山を駆けまわるトレイルランニングのような、予測不能で変化に富んだ環境に対処する複雑な運動こそが必要なのだ。計算された習慣的エクササイズではなく、多様で俊敏な動きこそが野生を呼び覚ます。
本書にはあっと驚くな指摘も多い。例えば、望ましい睡眠環境は完全なる静寂ではないという。原始生活における睡眠は集団的な行為であり、そこには常に他者の存在を知らせる音や動きがあったのだ。運動と睡眠に限らず、食事や他者との関わりなど様々な角度からワイルドを考える本書であるが、読み進めるほどにそれぞれの要素が繋がり合っていることが明らかになっていく。肥満の原因は食事のみにあるのではなく、うつ病は精神と脳だけの問題でもない。
著者は「書くことによって著者自身の人生が変わるのでなければ、本を書く価値などないと以前から考えていた」という。事実、本書の最後でその詳細が語られているように、彼らはこの本を通して健康的な体を手に入れ、仕事の効率があがり、幸福感が増したそうだ。この本が著者だけでなく読者の人生をも変える本になるかわ分からない。しかし、多様性豊かな環境に飛び込もう、今この瞬間を大切にしようと思わせてくれる本であることは間違いない。
『Go Wild』の著者の1人であるレイティによる一冊。この本では、運動が脳に与える影響にフォーカスを当てて詳細に議論されている。『Go Wild』と合わせて読むと、よりその内容が理解しやすい。
メキシコの謎の走る民・タラウマラ族を追いかけ、走ることの意味を見つめ直す傑作。この本でジョギングを始めた人も多いはずだ。振り返ってみてもタラウマラの人々の走りはワイルドそのもの。
上記の本に加えて、「2014年のベスト」にあげる人も多い『Zero to One』も松島氏の手による一冊だ。独占せよ、競争するな、など刺激的な言葉に満ちた通常のビジネス書の枠をはるかに超えた内容となっている。内藤順のレビュー。
知能は脳のみにあるのではない。知能と身体、環境がどのようにつながっているのか、知能とはどのようなものか、野性に眠る知能の在り方を教えてくれる。レビューはこちら。