「私たちはなにもので、どこから来て、どこへ行くのだろう」有史以来人間はずっとこの根源的な問いを考え続けてきた。人間は動物で星のかけらから作られている、そして進化を続けてきて今日の姿になったのだ、ということを現在の僕たちはよく知っている。僕たちが宇宙論や生物学や進化論が好きなのは、きっとどこかに自身のルーツを確かめたい気持ちがあるからに違いない。
本書は、とりわけ個性的な天才学者、ドーキンスによる進化論の講義である。しかもただの講義ではない。1825年、ファラデーはロンドンの王立研究所でティーンズを対象にクリスマスレクチャーを始めた(ファラデーの「ろうそくの科学」という名レクチャーは、世界各国で翻訳されている)。この実演をふんだんに取り入れることで有名なクリスマスレクチャーに、ドーキンスも呼ばれたのである。本書はその5回にわたるレクチャーを再現したものである。
第1章「宇宙で目を覚ます」。人間がこの世に生まれるということは「色彩に満ち生命にあふれかえっている素晴らしい惑星で目を覚ます」ということ、「驚くほどラッキーなこと」。「すべての生命体は一つの祖先から由来していて、神秘体験にはまったく何の意味もない」とドーキンスは歯切れよく言い切る。早くもドーキンス節が満開だ。
第2章は「デザインされた物と『デザイノイド』(デザインされたように見える)物体」。デザイノイドは、「過去の失敗から『自然選択』によって直接選択されてきた結果に過ぎない」が、人間は「意識的に先を読んだ結果、効率よい素晴らしいデザインをする」なるほど。
第3章は「『不可能な山』に登る」。この山は登ることはできても下ることはできない(小さな峰の頂上に上り詰めるとそこから抜け出せなくなる≒そこで進化が止まる)。全ての生物は長い進化の時間の中で「幸運を引き伸ばし」ながらゆっくりと登ってきたのだ。
第4章「紫外線の庭」。人間には見えないがハチには紫外線が見える。従って世界を理解するためには人間中心の視点を捨てる必要がある。ドーキンスはコンピュータウィルスを例に挙げつつ「われわれはDNAによってつくられた機械であり、その目的はDNAの複製にある」と持論を述べる。
第5章は「『目的』の創造」。最後に脳が登場する。想像力、言語、テクノロジー(道具)の三つ巴が自促型(持てば持つほどもっと手に入る)の共進化(ハードウェアとソフトウェアのように)現象を起こして脳が発達したとドーキンスは指摘する。そして、ジガバチから人間まで脳を持った動物は、すべて脳内にヴァーチャル・リアリティーを構築しながら生きているのだ。
最後に訳者のドーキンスへのインタビューが付いていて、もう1度進化論のおさらいができる。実演には及ばないものの200点以上の(実演の)写真等が掲載されていてとても楽しめる。それにしても、ドーキンス以外の誰が、こうした5つの切り口で進化論を語り尽くせるだろうか。本書を読み終えて、改めてダーウィンとウォレスの偉業に心から感服した。このようなレクチャーが生で受けられる連合王国のティーンズは幸せだ。僕も聴いてみたい。わが国では、どうしてこうした試みが行われないのだろうか。
出口 治明
ライフネット生命保険 CEO兼代表取締役会長。詳しくはこちら。
*なお、出口会長の書評には古典や小説なども含まれる場合があります。稀代の読書家がお読みになってる本を知るだけでも価値があると判断しました。