発展途上国に学校を創る、というありきたりの青春話である。日本でも現役の医大生が、150万円で学校を建てられるというポスターを見て、その偶然の出会いから学校を建てたストーリーが話題になった。チャリティーイベントを開き、寄付を集め、カンボジアに学校を建てた。そして、それは向井理が主演した『僕たちは世界を変えることはできない』という映画にもなった。
本書の主人公アダム・ブラウンのストーリーもどこかで聞いたかのような、ありふれたものだ。それはインドを旅したとき、子どもに欲しいものを聞いたときのことだった。
「えんぴつ」
「ほんとに?」
この会話から、ペンシルズ・オブ・プロミスという組織名が生まれた。後に何度もアダムが語ることになるストーリーのはじめの一歩である。その後、その出来事が頭に残り続け、一流コンサルティング会社を一時休職し、何度かパーティーを開いて資金を集め、学校を建てた。ここまでは、向こう見ずな若者が、自らの情熱と度重なる偶然を糧に、発展途上国に学校を建てた数多ある泥臭いストーリーの1つにすぎなかった。
しかし、アダムはそこに留まらず、たった5年で、アジア、南米、アフリカに250以上の学校を建設した。今では90時間に1校の割合で新しい学校が生まれている。この大きな飛躍には、明確な戦略があった。
人に話したくなるような(すげぇ)ストーリー、美しく完璧なバックエンドを持つウェブサイト、そして完璧なスタッフとインフラ、この3つの基盤を作り上げることに集中したのだ。そして、基盤ができあがるまでメディアへの露出をできるかぎり断った。
非営利組織やスタートアップは1つの成果をあげるとすぐにメディアに取り上げてもらい、自分たちの活動や組織を早く知らせ、資金調達したいと焦ってしまうが、その短期的で安易な誘惑を、合理的に肯定しない人間的な強さがアダムにはあった。自分の語りたいストーリーができあがるまで、安売りしない忍耐強さが抜きん出ていた。
その間、何もしないでいたわけではない。ソーシャルメディアを巧妙に活用することで活動を拡げていった。奇しくも、facebookのマーク・ザッカーバーグと同世代、全米に広がっていくソーシャルメディアのムーブメントに乗っかった。具体的な活用法はここでは省くが、本格的なメディア露出をしていない2年半の間に、15校もの学校を建設したという結果が巧みさを物語っていると思う。
3つの武器、最初に作り込んだのは、すげぇストーリー。
どうしてかしらねぇ、貧しい人のいる場所に行きたがるなんて。ここにいればなんでもあるのに。経験者が言うんだからまちがいありませんよ。家族の近くで生活して、あるものに満足しなきゃだめよ
アウシュビッツの強制収容所経験があるアダムの祖母はよく説教をしていた。そんな祖母の誕生日会で、ラオスで建設した一校目の学校の写真を見せながら、アダムは祖母に語った。
おばあちゃんが生き残ったことでほかの人の人生がよくなったとわかってほしかった。ペンシル・オブ・プロミスをはじめたのは、おばあちゃんに学校を捧げるためなんだ
祖母が収容所で耐え忍んで生き残ってきた意味と孫であるアダムが途上国で見ず知らぬ人に学びを届け、人生をよりよくする活動とを結びつけた。つい涙腺が緩んでしまう心が暖かくなる世代を超えて紡がれるストーリー。祖母に生きる喜びを感じてもらうことで、家族の絆がこれまで以上に強くなった瞬間であったのと同時に、ペンシルズ・オブ・プロミスの意義を語る最初のストーリーが完成した瞬間だった。
2つ目は、スタッフ集めとインフラ。最初の18ヶ月間の運営はほぼボランティアでまかなった。その核となるチームは、最初に開いたパーティーから生まれた。そこまでは順調だったが、そのそこからは計画通りに進まない。全米にペンシルズ・オブ・プロミスの話題を広めるために大学のキャンパスをまわった活動は一歩目からつまずいた。最初に開催した大学内講演会は聴衆が1人。期待はずれもいいところだった。しかし、その1人に情熱を注ぎ込んで語りかけ、心を動かし、そこからムーブメントが生まれ、さざ波のように組織は広がっていった。もちろんこの顛末はストーリーの一部として組み込まれていった。そして、情熱をもった仲間が組織に足りないもの、例えばオフィススペースやデザイン会社などの重要なリソースをタイミングよく持ち寄ってくれた。
そして、最後は完璧なウェブサイト。
組織を立ち上げると、まずはウェブサイトだと、身近に製作を依頼できそうなデザイナーやプログラマーに声をかけて、プロトタイプだと言い聞かせて簡素なページを創る。しかし、アダムはぎりぎりまで製作を引き延ばした。そして、非営利組織ではあり得ない15万ドルの予算で一流広告代理店に依頼し、最先端のウェブサイトを製作した。それも、全部タダで。そして、この契約を勝ち取ったとき、アダムは支援者の都合よりも、自分が大切にしていた平凡なルールを優先した。それが相手の信頼を勝ち取ることにつながった。
そして、アダム自身が納得のいくストーリーを完成させ、メディアに打って出た。そのストーリーは瞬く間に全米に広がった。周到に準備したおかげで、サイトへのアクセスを着実に寄付金に結びつけることができた。著名企業やアーティストとのコラボレーションを実現させ、問い合わせはさらに増大したが、事前にインフラとスタッフを整備したおかげで、機会を堅実に形にした。
アダムは心血ともにペンシルズ・オブ・プロミスに捧げ、自身の描いた戦略を忠実に実行して、大きなことを成し遂げたのである。まるでおとぎ話のような啓示が告げられ、トントン拍子にモノゴトが進んでいくさまは、「納得いくキャリアの掴み方と決断の方法」とでも題された自己啓発書のようでもある。また、着実に寄付を集め、組織が成長していくさまは「ソーシャルメディア時代の非営利経営とアントレプレナーシップ」のケーススタディのようでもある。
そして、具体的な経験と個別の戦術を細かく余すことなく詰め込んだ本書も次なる展開に向けた戦略の延長線上にあるのだろう。そうだとわかっていても、1つ1つの濃密な経験や驚きの出会いは誰かに共有したくなる逸話になっている。また、その逸話ごとにさりげなく差し込まれているアダムの等身大の学びが、迷っている自分自身や悩んでいる友達に語りかけたくなるテキストになっている。先ず隗より始めよ、私自身がアダムの戦略に加担する。
先の見えないときや、どちらかの道を選ばなければならないときには、失敗への恐れや先の見えない恐怖を克服して、自分がいちばん誇れる人生に飛び込みたいと思った。
喜んで語れる、誇れる人生を歩んでいますか?
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ストーリーの重要性が認知されているが、それを神話の構造から理解したい人におすすめ。神話のプロットと登場人物を解明し、実践的に活用する心得あり。
マイクロソフトをベイン&カンパニーに、図書館を学校に、メール一斉送信をソーシャルメディアに、変えたのが『えんぴつの約束』と頭ではわかっていたけれども。。。2冊あわせて読めば、時代の変化もわかりそう。
同じ途上国の教育分野で活躍している日本人。若さと奇抜な行動は負けていない。インタビューはこちら。