東京・恵比寿横丁に今や「絶滅危惧種」と呼ばれて久しい「ギター流し」が実在する。
その男の名は――パリなかやま。
ぼくが初めて彼の姿を見たのは数年前のことだった。
噂には聞いていたが、自分と変わらない同年代の男性(30代)が実際に「流し」をしている姿にとてつもない衝撃を受けた。そこから一方的に興味を抱き、恵比寿横丁へ行くたびに話しかけ、マトワリつき、少しずつ仲良くしてもらうようになった。
話を聞けば、パリなかやまさんは以前、日本クラウンから「コーヒーカラー」というユニットでメジャーデビューをしていたプロの歌手で、デビュー曲「人生に乾杯を!」はTVCMで使用されたり、有線上半期ランキングで氷川きよしらを抑えて1位に輝いたこともあるという(作詞・作曲も本人)。
そんな本物のアーティストが恵比寿横丁のような、いわば「酔っ払い天国(巣窟)」で、時に酔客にヤジられ、時にやたらと長い説教をされながら歌を売り歩いている……。その姿を何度も目撃したぼくは「この人は日々、闘っているんだ」と強い感動を覚えた。そして、この人の本――パリなかやまの闘いの書を世に出したいと思った。
パリなかやまの闘いの書は、自伝的なストーリーでいくべきか?
それとも、流しの仕事論でいくべきか?
本の方向性をどちらでいくか、非常に迷った。そんなとき、本書の企画の原点、1本の柱になってくれたのは「恵比寿新聞」の記事「流しのスター パリなかやま」だった。その記事の中で、特に気になった部分を以下に抜粋する。
パリなかやま
よく横丁のワインバーに来てくれていた80歳ぐらいの常連のおばあちゃんがいたのですが、おばあちゃんの若い頃の時代の流しの話をたくさんしていただき「今の時代にこそ流しが必要なのよ」など、色々と教わりました。そのおばあちゃんも去年他界されて、なんだかさみしいですね。僕は歌い続けるしかできないのですが。
「今の時代にこそ流しが必要なのよ」
おばあちゃんが放ったこの言葉には、何かとてつもなく深い意味が隠されているのではないかとぼくは思った。なぜ、おばあちゃんはパリなかやまさんに対して「“今の時代にこそ”流しが必要だ」と言ったのだろうか?
おばあちゃんご本人にその真意を聞くことができれば確実だし、話は早いが、残念ながらもう亡くなられていてこの世にいない――つまり、この問いに答えは存在しない。
そこで本書は、おばあちゃんの言葉の真意を探るべく、現代を生きる流しの仕事論を徹底的に掘り下げていくことに決めた。言ってみれば本書は、パリなかやまさんから天国のおばあちゃんへ向けた魂のアンサーソングなのである。
本書の構成は、仕事術を見開き単位で紹介し、左にイラスト(武蔵野美術大学卒の松山ミサさんが担当)、右に文章 + YouTube動画(QRコード)というスタイルで統一している。
今回、特にこだわったのは「You Tube連動型書籍」という点だ。「流し」と言われても、見たことも聞いたこともない現代人にはパッとイメージできないと思ったので、全てに動画もつけることにした。その数、約70本(仕事術 + 横丁紹介)。しかも、本書のためだけに、全てオールロケを敢行して撮りおろしている(アホと紙一重である)。
1つ動画を公開。「流しの仕事術 16 接近~放流までのA to Z」
制作には約1年かかり、撮影もアポなし@恵比寿横丁だったので困難を極めたが、文章だけでなく、全てにイラストとYou Tube動画をつけたことで、流しを知らない人、また見たことがない人にもリアルな実感をもって読んでいただける本に仕上がったと思っている。
また、実際にこの本を読んだ友人や知人からは「恵比寿横丁に一度連れて行ってよ!」という連絡がよく来るようになった。本書を読んだら(動画を見たら)、「今度は実物を見たい」と思うこと請け合いである。
さて、話は長くなってしまったが、本書をつくり終えた今、おばあちゃんの「今の時代にこそ流しが必要なのよ」という言葉に対する答え(と思うもの)は見つかったのか? それはぜひ、本書のあとがきや代官山ブックスの本書メイキングブログでご確認いただきたい。
最後に――。
ぼくは、パリなかやまさんは「奇跡の流し」だと思うわけである。数年後か数十年後かわからないが、いつか恵比寿横丁からパリなかやまさんがいなくなる日は必ずやってくる。その後もきっと、また新たな流しの人が入ってくるだろう。
でも……、パリなかやまさんのような人生ドラマ(今後、Webで公開予定)を背負った人は二度と現れないのではないだろうか。最近、恵比寿横丁で「人生に乾杯を!」を歌ってもらいながら、そんなことをぼくはしみじみと考えている。
そう、現代を生きる「絶滅危惧種」奇跡のギター流しに会えるのは「今」しかないのだ。
2013年に1冊目の書籍『サロンはスタッフ育成で99%決まる』を刊行し、創業。「代官山のムダにアツい出版社」として、1人で日々空回りをしながらも活動を続けている。