珍書プロデューサー、ハマザキカク人生初の書き下ろしだ。彼の公式役職名は珍書編集者ではなく、珍書プロデューサーだ。なにしろ、たったひとりで著者を発掘し、原稿を整理し、校閲し、DTPで組版し、表紙をデザインし、書店営業し、イベントを企画しているのだ。普通の編集者は自分では校閲などしない。そもそも、それを校閲とは言わない。などというツッコミは野暮である。普通の編集者は自分のホームページなどもっていない。
2011年に発行された『世界軍歌全集』の総字数は100万字。平均的な本は10万字なので、なんとその10冊分に相当する。しかも43カ国60政権300曲の軍歌などを原文と翻訳を併記しているのだから、もはや外部校閲は物理的にもコスト的にも不可能なのである。
よく出版する気になったものだ。じつはこの著者もとんでもなくて、軍歌マニアが嵩じて、多数の言語を習得している。ええい、面倒だ。詳細はこちらとこちらをご覧いただきたい。
まさに珍本を空気のように呼吸するハマザキカクが選び出した珍本の数々を集めたのが本書である。この際、当レビューも珍書評と呼ばれることを目指し、あれこれ言わず、本書の全見出しを掲載して本文としてみよう。
第1章 珍写真集
アーティストブック風だが、写っているのはゲロ
障害者や老婆のヌード、胎児、浮浪者、腐乱死体の写真集
動物生態写真で有名な写真家が、死体をむさぼり食う動物を激写
暴走族や右翼、チーマー、愚連隊など、不良集団の集合写真だが
悲しいはずが、何とも言えないシュール感
同性婚夫婦とその養子で成り立つ新しい家族
動物園の飼育係の撮影による貴重な資料
動物の排尿・排便写真集。噛み砕かれ、消化された糞状の動物も
動物の交尾写真を集めた子ども向け性教育本
スケーターたちの恰好の滑降場となってしまっているカリフォルニアのプール
これは本当に善意なのだろうか
花の写真集だがその値段に驚愕
記念写真を、10年後に同じ場所で
写真に写り込む白い丸、それだけを集めて豪華な写真集に
迫力満点! 不自然に刈り取られた土地の空撮
珍コラム1 新刊情報収集テクニック
第2章 珍図鑑
土木工学の専門家が競合コレクターがいなさそうなテーマを徹底追究
結果的に一般人にまで飲食店秘密メニューの元を暴露
ラーメンの背脂だけに着目した究極のニッチグルメ本
滅多に目にすることのできない勲章が勢揃いだが、面白いのはQ&A
王道からかなり脇道に逸れた珍コレクション
国内の鉄道では満足できずに、「普通索道」も完全制覇
高度成長を支えた鉱山のトロッコを撮影していたマニアによる写真集
一つのバンドの海賊盤だけを集めたディスクガイド
男の子心くすぐる荒唐無稽な渦巻き型のメカたち
煙を遮る板の造形美に対するフェチシズム
ファッション専門家大絶賛のチャックの集大成本
どれも同じようにしか見えない碁会所
子どもを夢中にする改造車の数々
愛猫家兼映画マニアが、猫の登場する映画をひたすら集めた
ダムマニアと国交省の思いがここに結実
珍コラム2 ツイッター新刊速報重要アカウント
第3章 珍デザイン書
出家者が性欲を断つための死体腐乱仏教画集
進化し続ける墓石の最前線
古今東西、パロディジャケットの集大成
チカーノの囚人によって描かれた画集
上から読んでも下から読んでも読める日本語のロゴ集
アイデア勝負、遊び心満載の広告作品集
著作権フリーということだけれど……
珍コラム3 オンラインで全ての出版物を検索する方法
第4章 珍造本
全長8メートル! 究極に長い蛇腹式の本
建物の残骸を再利用して、なぜかウクレレに
世界一細長い本
パラパラめくると虹が浮かび上がる
出版史上最大級の穴があいた詩集
ほとんど白紙状態のカバー
珍コラム4 珍書出版社
第5章 珍理工書
珍書の代名詞とも言える暗黒通信団の代表作
鋭利な断裂面が痛々しい
まるで遺留品のような酷たらしさ
ロマンの全くない瓦礫の山
これ自体がリコール必要なぐらいに多くの誤字脱字
「音鉄」向けのCDつきレファレンスブック
失われた建築の絵や地図を古典資料から徹底採集
珍コラム5 珍書店
第6章 珍語学書
あまり参考にならない参考書
アメリカ独特の看板を珍列
オヤジのダジャレと錯覚する民間語源論
与謝野馨の実弟が日本語はラテン語由来だと力説
外国人向けのタトゥー用に作られた当て字に爆笑
順序を逆にしても成り立つ熟語をひたすら集めた
珍コラム6 珍同人誌書店
第7章 珍人文書
戦時下に、命からがら日本へ引き揚げてきた人たちの旅程
「生きて虜囚の辱めを受けず」を強いられた人々の表情
文化大革命の時の紅衛兵による吊るし上げ写真集
2664ページ! 究極に厚い戦争本
端数調整用の目的で制作されたが、出版に対する鋭い論考も
沖縄戦で消失したと思われた新聞を復刻
哲学的な考察に耽ってしまう珍書名
稀覯書・高額本専門出版社による100万円越えのセット
オビ文で「全ての国会議員を死刑に!」とうたうも、中身は中国バッシング
多分ゴーストライターが書いた、身も蓋もない定型的政治演説談話集
中には草木が生い茂る、割とショボイものも
実在すると勘違いする人多数の架空出版社目録
珍コラム7 珍書ウオッチャー
第8章 珍医学書
性病にかかった男女の性器が無修正で
虐待の症例をオールカラーで紹介
想像を絶する奇妙でマイナーな精神異常を列挙
精神科医もほとほと手を焼いた、あまりにも奇想天外な奇行に走る患者たち
マヌケなケガとその治療法を詳述した医学書
女性器を無断で撮影、本に掲載したと噂される問題作
大腸ガンの早期発見が遅れているのは侮蔑的羞恥語のせいとして改名を主張
ホテルと見まごうものからまるで牢屋のようなものまで
おそらく妄想の書き込みをそのまま書籍化……
医学部には確かに入れるかもしれないけれど
三つの無関係なテーマが一冊に
心電図が簡単に覚えられるように、波形と似た形にこじつけ命名
珍コラム8 図書館利用テクニック
第9章 珍エロ本
ほとんどインタビューで写真や図のない女装研究集大成
台湾のロードサイドでビンロウを売っている女性たちの写真集
当たり前のことを事細かに定義し直したパロディ文体が秀逸
全裸で写ったリストカット写真集
SEO対策を完全に無視した書名の巨大写真集
陰毛を接写した写真がカバー
儒教の教えが強い国の春画は、控えめで遠慮がちだった
おっぱいだけをひたすらドアップで撮影した写真集
おっぱいが好評だったので今度はお尻をドアップで
珍コラム9 珍書名
第10章 珍警察本
現役警察官の本音が漏れに漏れた職質テクニック集
インドネシア拳法専門家が当たり前過ぎることを「理論」として提唱
流出した公安情報をそのまま出版して発禁に
真相の究明を求める執念がまざまざと
二度の自主回収、それでも悪ノリは止まらない
事故物件を裁判所が大岡裁定、その査定法を詳述
あらゆる死体を自殺か他殺か見極める方法
社員をモデルに首吊り自殺死体やウジの除去方法まで遠慮なしに図解
労働問題専門家が事故だけでなく飛び込み自殺も丹念に収録した資料集
身元不明死体発見現場の跡地
珍コラム10 エア珍書
あとがき
と、これでレビューは終わりなのだが、本書の読み方を若干アドバイスしておおう。第1章は気持ち悪いので最後に読むべきである。読まなくても良い。各章に珍コラムが10本おまけでついている。これだけでも本体800円は元を取れそうだ。読むべきである。
それにしても、ハマザキカクが寝る前によく自著の「あとがき」を妄想していたとは知らなかった。DTPオペレータにまで謝辞を尽くす著者も珍しい。国会図書館にすら収蔵されていない本を取り上げるという腕力。よくまあこんな本を出版してみようと思った中央公論新社。ちなみに中央公論新社からは『ノンフィクションはこれを読め!2014年 HONZが選んだ100冊』が来月発売です!これぞ珍出版社なのかもしれぬ。
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