『東京大学の学術遺産 君拾帖』 幕末・明治・大正のスクラップ

2014年7月29日 印刷向け表示
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東京大学の学術遺産 君拾帖 (メディアファクトリー新書)

作者:モリナガ・ヨウ
出版社:KADOKAWA/メディアファクトリー
発売日:2014-06-27
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東京大学総合図書館にある、96冊の『君拾帖』。普段は地下書庫に仕舞われており「貴重書閲覧室」でしか見られないこのシリーズを、画文家のモリナガ・ヨウさんが写真とイラスト・文章で紹介したのが本書だ。「君拾」(実際は「君」の漢字に手偏がついている)なんて人生で初めて聞く単語であったが、集めて拾うという意味だということで、「君拾帖」とは、要はスクラップブックということだ。

肝心のスクラップは何がすごいのか。貴重書『君拾帖』の著者は、幕末から大正の初めにかけて生き、「博物館」という単語を日本に導入した田中芳男である。伊藤圭介に師事して本草学、蘭学、医学を学び、緒方洪庵から任されて九段坂上の薬草園を管理した。また、幕府一行の一員としてパリ万博に参加し、明治以降もウィーン万博、フィラデルフィア万博に派遣された、国際的な人でもある。それだけではない。日本各地のスルメを紹介する『鯣(スルメ)図解一覧』、『鯣拓』を編集し、日本で初めてリンゴの接ぎ木に成功し、小笠原諸島で日本初のコーヒー栽培に成功し、「田中ビワ」を作り、品川と志摩で真珠の養殖を行い、紙タバコや鉛筆や幻灯機を日本に紹介し、上野動物園を作った。より詳しくは本書の渾身の解説をご参照頂きたい。 

[from WikiPedia]

それで、肝心のスクラップは何がすごいのか。『君拾帖』の1冊目は安政6年、20歳過ぎの頃に作られた。そこから60年、延々と、当時のチラシやお菓子の袋、領収書、カレンダーや乗車券、ビールのラベルや駅弁の注意書きなどが集められてきたものが『君拾帖』なのだ。仕事と関係なくとも集めまくっていたとは、生粋の博物学者である。モリナガさんは、閲覧室で『君拾帖』を読み通した経験を「それぞれの時代、それぞれの瞬間に真空パックされたような空気」と表現する。本書の第1章は「幕末」、そこから、「明治維新」、「文明開化」、「鹿鳴館時代」、「憲法・選挙・日清戦争」と続く。96冊のスクラップブックから選ばれた見開き写真、約130枚。その時代の空気がそこにある。モリナガさんの、のんびりしているようで詳しい解説が1枚1枚に華を添える。

「幕末」の章のスクラップには、黒船来航の図や、蕎麦屋の引札(チラシ)、コレラ除けの刷り物などがありおもしろい。歌舞伎役者の市川新車の顔カードはカラフルで、今で言ったらアイドル写真のようなものだろうか。「カンカンノウ」のチラシは楽しそうだ。飛脚の札はかっこいい。毎月2日と8日に京を発ち、江戸まで5日(特急は3日)というから、かなりのスピードである。

明治に入って新橋-横浜に鉄道が開設された年には時刻表がスクラップされているが、新貨幣・旧貨幣が併記されているのが興味深い。また当時のカレンダーには「冬至の六ツ時は6時30分30秒」という太陰歴・太陽歴の対応表があっておもしろい。鹿鳴館のメニューも載っている。前菜に続いて、牛肉、鯛、鴨、羊、七面鳥、鴨…と続く超豪華メニューである。

テクノロジーが普及していく過程という観点でも本書は興味深い。明治9年には電報がスクラップされているが、日清戦争の頃の広告には電話番号(408番)が書かれている。文久の頃には飛脚のチラシが集められていたが、明治37年には年賀状がスクラップされている。20世紀になると東京ガスのチラシが登場する。大正天皇の即位の礼の案内には、自動車、馬車、人力車のそれぞれに駐車場が準備されている。

このほか、万博への派遣の際に集めた外国のチラシ、明治憲法、初の衆議院選挙の広告などコレクションは多岐にわたり、とても全貌は紹介しきれない。そしてその最後を飾るスクラップは、田中芳男自らが作詞作曲した「菓子唱歌」の楽譜だ。なんと22番まである。

君拾帖をめくっていると多くの菓子の包み紙があり、芳男が甘い物好きであることはひしひしと伝わってくるのですが、基本的に芳男自身はこの件について何も語っていませんでした。晩年の冊にきて、こうして歌までつくっているのを目の当たりにすると、本当にお菓子が大好きだったんだ、と胸のつかえがおりた気がしました。

菓子や 御菓子や よき菓子や
香味も 形も 色もよひ 
老いも 若きも 幼きも
好み 嗜まぬ ものぞなき

写真にうつる田中男爵は難しい顔でちょっとこわいけれど、ほんとうは甘いもの好きでスルメ好きなスクラップ少年、スクラップおじさんだったのだ。そう思うと男爵の服も窮屈そうに見えてくる。襟がちょっと曲がっている。きっと、話したら面白い人だっただろうなあ。著者のモリナガさんも、そう思っているに違いない。本書でも、ずっと「芳男」と呼んでいるくらいなのだから。

※足立真穂のレビューはこちら 

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作者:朽木 ゆり子
出版社:新潮社
発売日:2011-03
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