首筋めがけてナイフを突き立てられそうになる。脱糞したアルコール依存症者を泥だらけになりながら背負って運ぶ。身元不明の遺体が出たと呼び出されることはしょっちゅう、ゴミ屋敷の清掃に6時間従事したりもする。
さて、こんなことをする仕事は何でしょう。答えは公務員です。
本書『実録!熱血ケースワーカー物語』は、関西の福祉事務所に勤務した元・ケースワーカーが記す、衝撃の福祉最前線の記録である。公務員が9時5時勤務の楽で安泰な仕事だと思っている人にはぜひ読んでいただきたい。公務員なめんじゃねーぞである。
ケースワーカーというのは公的機関で生活困窮者の相談援助などを行う職員の通称で、各自治体にある福祉事務所で働く生活保護担当職員のことである。福祉事務所とはどんなところか。あまり馴染みのない場所かもしれないが、憲法第25条「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」を市民に対して保証し、社会福祉全般に関する業務、サービスを行う行政機関である。社会福祉法に基づく機関であり、その仕事には福祉に関する6つの法律が関わっている。「生活保護法」「児童福祉法」「母子及び寡婦福祉法」「身体障害者福祉法」「知的障害者福祉法」「老人福祉法」である。これを見ただけでも、その業務がいかに多岐にわたり、また大事なものかがわかる。ケースワーカーは国民の生活を守る「最後の砦」の守護者であり、現場担当者なのだ。
著者・碇井伸吾氏は、福祉事務所の生活保護課の職員として勤務していた。福祉事務所配属とはいっても、それは別に特殊な技能があって配属されるわけではない。役所内の通常の人事によって配属されるもので、市民課にいた人でも、出納課にいた人でも、変わりなく福祉事務所に配属される可能性はある。何も特別でない、一般の公務員なのだ。その一般の公務員が、配属されると突然身元不明の遺体を引き取りに行ったりしなければならなくなる。その衝撃、ストレスたるや推し測ることもできない。
しかし、碇井氏は、自他ともに認めるタフガイ。きつい、汚い、怖い「3K」として敬遠される保護担当職員になっても、へこたれることはなかった。「ウリャー!」と一声、格闘空手で鍛えた体力と精神力で、数々の困難なケースに立ち向かっていく。ちなみに、一般的に「3K」といえば、きつい、汚い、危険である。本書を読むとケースワーカーの仕事は「4K」と言ってもよいのではないかと思える。すなわち、きつい、汚い、怖い、危険。福祉事務所内では、「さまざまな相談に対応するために」碇井氏を指導者として空手道部を立ち上げたという。一体どんな相談がくるんだよ!と突っ込みたくなる。が、事実は奇なり。相談されるケースの中には、想像もつかない、人間の暗部がある。書店に行ってこの本を見かけたなら、ぱらぱらとめくってみてほしい。ケースタイトルを読むだけでも、驚くに違いない。「最凶の「役所ゴロ」との対決」に始まり、「そこは「血の海」だった!」、「警察が「野獣」と呼ぶ、超タフネス元武闘派」などなど。緊迫感ある不正受給を巡る闘い、暴力団関係者とのやり取り、覚せい剤後遺症の生々しさ、アルコール依存症のやるせなさ。
しかし、暗部が見えるのと同じくらいに、ケースワーカーが関わることで生活が改善されたケースも多く紹介されている。「元大手商社課長の「命を救え!」」、「DVに泣かされた母娘の選択」などを読むと、ただ保護するだけではなく、自立するために手を差し出し奮闘するケースワーカーたちの力に、勇気づけられる。
碇井氏はとにかく明るい熱血漢である。本書の端々にその気合が込められている。生活保護担当のケースワーカー物語、となれば、暗く重たい話が大半だが、その持前の前向きさで、本書はどこかさわやかな職業実録に仕上がっており、読みやすい。生活保護世帯は増え続けているが、ワーカーの正規職員人数は増えない。ケースワーカーたちが例えどんなに熱血であったとしても、根性だけでは解決できないし、してはならない。福祉の最前線で何が起こっているか、ぜひご一読いただきたい。福祉の聖域は、なぜ聖域であったのか。
今年の夏も暑いのだろうか。例えば熱中症などで、孤独死する生活保護受給者の方もいらっしゃるかもしれない。そうなれば、訪問回数が少ないのではないか、などとケースワーカーに非難が集まるのだろうか。その保護の実態も、ケースワーカーの抱える思いも、よく知られていないままに。