夕方の5時に市立図書館に本を借りに行った市長に対して
「市長、もう、閉館です。市長であっても特別扱いはできません。」
「それと明日は休館日です。平日でも休館日なんです。昔からそういう決まりですから」
閉架に所蔵されている資料を頼むと10−20分待たされる。そこで市長が市立図書館の内部を見せてくれいうと
「市長といえども、部外者ですから、お見せできません」
この状況をなんとかしなくてはと、市長が教育委員会に話をしてみると
「今うまく行っているのにどうして変えなきゃならないんですか?」
「僕らは頑張っているんです!」
すくなくとも休館日を減らすために、蔵書点検を夜間にやってはどうかと提案すると
「ダメです。私たちには人権があります」
しまいには
「何をやってもダメ。武雄はなんもなか」
目立たない地方都市の一つであった武雄市が、日本中に知られることになった図書館改革、「TSUTAYA図書館」の発端である。たかだか図書館の民営化、それどころかTSUTAYAを指定管理者にしただけであるにも関わらず、国家的な議論になったのには訳がある。冒頭で紹介したエピソードこそが、日本中とりわけ地方都市で日常的に行われている会話だからなのだ。
多くの地方都市にとって役所はその土地での最大の雇用者の一つである。その職員たちは自分たちの既得権を守るというよりも、変化しないことこそを最重要ポリシーにしていることが多い。あらゆる変化に対して反対する、一定の住民層に長年対応してきた結果なのかもしれない。
武雄市の場合も例外ではなかった。病院の民営化は他の都市での実績もあるがゆえに比較的スムーズに進んだという。しかし、図書館改革は全国に前例がないため困難を極めたという。議会は大荒れ、ネットも大荒れ。たかだか図書館改革ごときに市長が政治生命を賭ける必要があるのかという疑問すら浮かんでくるほどだ。
しかし、このプロジェクトは大成功を収めたのである。人口5万人の町に日本中から視察のために行政関係者やメディアが押し寄せ、来館者はそろそろ100万人を超えようとしている。それどころか、武雄市図書館の周辺では3棟のマンションの着工計画が立ち上がっている。武雄北方インターチェンジの年間出場台数は6万4000台増えた。武雄温泉駅の年間乗降客数は5万人の増加。たった1年で起こった変化なのだ。
この変化を見て、もちろんサイレントマジョリティーは市長を支持した。著者の樋渡啓祐氏は2014年3月23日に行われた市長選挙で75%の得票率で再選を果たしたのだ。与党会派も65.5%から74%に増え、まさに武雄市民は樋渡市長とTSUTAYA図書館を信任したのである。
本書は市長本人によって記された1年間の記録である。メディアとネット、主婦の呟きと音楽、Tポイントとスターバックス、部下と協力者、そしてなによりも市長の勇気と明るさが眩しいほどだ。たしかに樋渡市長は1969年生まれなのだが、これからの日本をリードする一人であることは間違いないだろう。いま本書を読んでおくべき理由の一つでもある。彼こそは知の装置のアントレプレナーなのかもしれない。