本書は「秘密基地」をキーワードに18の事例を紹介する1冊。土地を購入してみずからコンクリートまで使って建てるものから、廃墟を再利用するもの、自宅のなかにつくるもの、果ては野外で行なうレイヴパーティまで、紹介される事例は多岐にわたります。
かつてマンガの神様こと手塚治虫は「合理化はゆとりや遊びの空間を消して」しまう、と語りました。成人することが合理化されることならば、秘密基地を諦めることと大人になることは同じことなのかもしれません。しかし、大人になることがもし「合理化とうまくやっていくこと」という意味ならばどうでしょうか。
本書では、そんな「合理化とうまくやっていく」秘密基地の作り方がたくさん紹介されています。もっとも象徴的なのは、シェアオフィスやシェアハウスについて多くのページが割かれていることでしょう。そう、大人の秘密基地にとって、重要なのは法律や地域の他の住民たちと折り合いをつけていくことなのです。
木の上に家を作る「ツリーハウス」の事例として紹介されている「なんじゃもんじゃカフェ」、「たまり場」の事例として紹介されている共同アトリエ「kvina」、「リフォーム」の事例として紹介されている「RSミサカ」など、仕事と遊びを両取りしているこれらの試みは、合理化とうまくやっていきたい大人の皆さんの良い参考になるでしょう。
そのものズバリな「ビジネス」という項目で紹介されている、クリエイターのためのシェアオフィス「co-lab」は、その代表的なものだと言えるでしょう。プロジェクトを立ち上げた田中陽明氏は次のように語ります。
ちゃんと収益が出せる『遊び場』のような空間を作りたかったんです。また、東京はクリエイターが集積しているので近いほうが仕事もしやすい。(中略)シェアという形態は、都会にうってつけのモデルなんです。
渋谷、千駄ヶ谷、西麻布、二子玉川という4つの地域に拠点をもち、近親性のある企業やクリエイターを常駐させ、イベントやワークショップで互いの交流を促す「コラボレーション・スタジオ」というのがco-labの概要なのですが、コアにあるのは上掲のような合理性と「遊び」志向の両立のようです。
マンションの一室を茶室にしてしまうことで、秘密基地を実現している事例も紹介されています。横浜にある「SHUHALLY(シュハリ-)」は、「守破離」という茶道の心得を現代風に解釈してつくられた場所。グッドデザイン賞も受賞しているし、何よりも特徴的な「光り輝く畳」も有名なので、名前を知っている読者もいらっしゃるかもしれませんね。
そもそも茶室って当時の最先端の技法で作られていたわけです。(中略)今だったら、もっとテクノロジーを使ってお客さんを感動させたり驚かせたりできる
と語るのは、庵主の松村宗亮さん。
『市中の山居』という言葉があるように、都会の中の山小屋のような佇まいがそもそものお茶室のコンセプト。小さい庭と、小さい小屋をしつらえ、遁世者のような心境でお茶を味わうという。ここも、耳をすますと横浜スタジアムの歓声が聞こえるし、庭の外にはラブホテルの看板がある。上階の住人は普通に布団を干しています(笑)
そう、「大人の秘密基地」とは「市中の山居」なのかも知れません。茶の道は「大人の秘密基地」の道でもある、と言えるでしょう。なお松村さんは「SHUHALLY」を、勤め先の会社の新規事業として始めたそうです。
2つともぜんぜん「秘密」がないじゃないか、と思われたかも知れません。本書には思いっきり秘密な事例も紹介されています。その名も「Beach Party(仮)」。
そうです、野外パーティです。メールやSNSで配布された案内ルートを手に、参加者は絶壁をロープに捕まって降りたり、海に浸かったり、足場の悪い場所を通過したりして会場を目指します。
地元出身者である主催者たちは、自分が小さい頃に遊んでいた観光客の知らない静かなビーチを会場に、このパーティを開いています。この事例でも、大事なのは地元の根回し。収益は赤字だそうですが、「大人の力でネバーランドを作り出す」という主催者の言葉がかっこいい。
野外パーティと言えば、騒音や治安の関係で地域住民や警察との衝突はよくあること。そういった外部の条件と折り合いをつけながら、自分たちの場所を掴みとる、あるいは作り出す、という工夫にも面白みがあるのかも。なお、よりイリーガルな「スクウォッティング」という文化については、社会学者の毛利嘉孝氏が本書に論考を寄せています。
スクウォッティングとは、1970年代にDIY文化として世界的に流行した運動で、工場や倉庫、学校や教会に入り込み、電気やガスを調達し、ライブハウスやギャラリー、カフェや宿泊施設、情報を発信する海賊ラジオの拠点などに改修してしまうというもの。
単なる不法占拠ではなく、亡命者や難民の一時住居として提供されたり、海外からきたバンドの宿になったりもしたそうです。数十年後に世界の人口の半数以上が、このスクウォッティングをするようになるだろうと説もあります。また英「ガーディアン」紙には、世界の10分の1にあたる人々がスクウォッティングで生活していると指摘する記事も掲載しました。
スクウォッティングの話は、「合理化とうまくやっていく」大人の方法の中でも、とりわけ刺激的なものかも知れませんね。