グーグル会長・エリック・シュミット氏初の著書として全米ベストセラーとなった書籍『第五の権力―Googleには見えている未来』。第4回はデジタル新時代の戦争や復興、そしてテクノロジーが果たす役割について、著者が現地に赴き、肌で感じたこと。
誰もがつながる世界で、戦争や外交、革命はどう変わるのか
私たち2人が初めて会ったのは、2009年の秋のことだった。
バグダッドにいた私たちは、テクノロジーを社会の復興に役立てるという重要な課題に、イラク人とともに取り組んでいた。
政府閣僚や軍の指導者、外交官、イラクの起業家らと会うために市内を飛び回るうち、イラクの危うい状況が見えてきた。イラクが今後国として復興し、成功を遂げられる見通しは、きわめて厳しいように思われた。
フォーチュン500社に名を連ねるテクノロジー企業のCEOがイラクを訪れるのは、エリック・シュミットが初めてだったため、「なぜグーグルがここにいるのか」という質問が殺到していた。当時は私たちにさえ、グーグルがこの地で何に出くわすのか、どんな成果を挙げるのかはわからない状況だった。
その答えはいきなり現れた。
どこを向いても、モバイル機器が目に飛び込んできたのだ。
これは驚きだった。
インフラよりもモバイル機器
当時のイラクは、サダム・フセイン政権が崩壊してから6年以上も戦争状態にあったのだ。
全体主義にとりつかれたフセインは、携帯電話の使用を禁じた。
戦争で物理的インフラが壊滅し、ほとんどの人が食料、水、電力を確保できない状態で、生活必需品さえ、手が出ないほど高かった。ゴミが何年も回収されていない地域もあった。さらに深刻なのは、政府高官であれ、雑貨店主であれ、国民の安全がまるで保障されていなかったことだ。
そんな状況では、携帯電話の普及など、この国のうんざりするほど長い「やることリスト」の最後の項目としか思えなかった。
にもかかわらず、モバイル機器をあちこちで目にしたのだ。イラク人は、日常生活の待ったなしの問題を差し置いてでも、「技術」を優先したのである。
イラク人はすでに技術力をもち、それを活用していた。だがそれだけでなく、技術の大きな力を利用すれば、人々の生活をより豊かにし、疲弊した祖国の運命を好転できることを、彼らは見抜いていたのだ。
私たちが出会ったエンジニアや起業家は、自力で復興できないもどかしさを、切々と語ってくれた。
彼らには、何が必要なのかすでにわかっていたのだ。
変化をおそれる政府とテクノロジーを求める市民
必要なのは、安定した電力、高速接続のための十分な帯域幅、利用しやすいデジタルツール、そして計画を実現するための開業資金を調達できる環境である。
シュミットが交戦地帯を旅したのはこのときが初めてで、ジャレッド・コーエンにとってはもう何度目かわからないほどだったが、2人とも、深いところで大きな変化が起こっているということを、肌で感じながら帰ってきた。
戦争で疲弊したイラク人でさえ、技術の可能性を見抜いているうえ、技術を使ってやりたいこともわかっている。それなら、技術を利用したいという意欲と基本知識をもちながら、技術が手に入らずに困っている人たちが、世界にはまだ何億といるのではないか。
コーエンはこの旅を通して、世界の多くの政府が、このような変化に危険なほど鈍感な(しかも変化をおそれている)こと、また今後政府がさまざまな難題に対処するうえで、新しいツールがどれほど役に立つかに気づいてもいないことを確信した。
そしてシュミットは、テクノロジー業界には「解決すべき問題」と「奉仕すべき顧客」が、まだまだ思った以上に多いことを改めて実感したのだった。
この訪問から数カ月の間に、技術を理解する人たちと、政府関係者など世界の厄介きわまりない地政学的問題に責任をもって取り組む人たちとの間には、深い溝があることを痛感した。
それでもテクノロジー業界、公的部門、そして市民社会が力を合わせれば、計り知れないほど大きなことができるのではないか。
私たちは、コネクティビティという「誰もがいつでもどこでもつながっている世界」の広がりについて考えるうちに、この「分断」が投げかける問題にすっかりのめり込んでしまった。
・将来は市民と国家、どちらが強くなるのか
・技術のせいで、テロリズムは実行しやすくなるのか、しにくくなるのか
・プライバシーとセキュリティの関係はどうなるのか
・「デジタル新時代」に生きるには、どれだけの犠牲が伴うのか
・誰もがつながる世界で、戦争や外交、革命はどう変わるのか
・市民に有利に形勢を変えるには、どうすればいいのか
・壊れた社会を再建する際、技術を使ってどんなことができるだろうか
私たち2人は、最初は共著者として、イラクで学んだ教訓を、当時のヒラリー・クリントン国務長官宛ての覚書にしたため、それ以降は友人として協力してきた。私たちは技術プラットフォームの将来性と、それが本来もっている力について、同じ世界観を共有していて、この考えに立って、グーグルの内外でのすべての仕事を行っている。
では「デジタル新時代」に大きな権力を手にするのは誰なのだろうか?
最終回はこちらこら
Google会長。1955年生まれ。2001年から2011年までGoogleの最高経営責任者(CEO)を務め、創設者のサーゲイ・ブリン、ラリー・ペイジとともにGoogleの技術や経営戦略を統括してきた。Google入社以前は、ノベルの会長兼CEOやサン・マイクロシステムズの最高技術責任者(CTO)を務めていた。それ以前は、ゼロックス Palo Alto Research Center(PARC)で研究員を務め、Bell Laboratoriesやザイログに勤務していた。プリンストン大学で電気工学学士号、カリフォルニア大学バークレー校でコンピュータ サイエンスの修士号と博士号を取得している。2006年には、全米工学アカデミーの会員に選出され、2007年には、アメリカ芸術科学アカデミーのフェローに就任。新アメリカ財団の理事会会長のほか、2008年からはプリンストン高等研究所の理事も務めている。
ジャレッド・コーエン(Jared Cohen)
GoogleのシンクタンクGoogle Ideas創設者兼ディレクター。1981年生まれ。史上最年少の24歳で米国国務省の政策企画部スタッフに採用され、2006年から2010年までコンドリーザ・ライス、ヒラリー・クリントン両国務長官の政策アドバイザーを務めていた。現在はCouncil on Foreign Relations(米国外交問題評議会)の非常勤シニア・フェローを務め、National Counterterrorism Center(国家テロ対策センター)所長諮問委員会のメンバーでもある。著書は、『Children of Jihad』『One Hundred Days of Silence』など(いずれも未邦訳)。2013年には、雑誌TIMEによって「世界で最も影響力がある100人」に選ばれた。
【訳者略歴】
櫻井祐子(さくらい・ゆうこ)
幼少期よりヨーロッパやオーストラリアなど、10年以上を海外で過ごす。雙葉学園、京都大学経済学部経済学科卒。大手都市銀行在籍中にオックスフォード大学で経営・哲学修士号を取得。東京在住、一女一男の母。
訳書は、『選択の科学』(文藝春秋)、『イノベーション・オブ・ライフ』(翔泳社)、『100年予測』『エッセンシャル版マイケル・ポーターの競争戦略』(早川書房)、『劣化国家』(東洋経済新報社)など多数。
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