2013年5月、会社のinfoメール宛に持ち込み企画が送られてきました。
私の元へ転送してきた担当者からは「ユニークな持ち込み企画です。興味ある方いますか(笑)? 時間あるときでもご覧ください~」とのコメントが添えてありました。
(笑)の文字が気になります。早速拝見してみると、送り主は日本ふんどし協会会長(ってなんだ?)の中川ケイジ氏、企画は「ふんどし」がテーマでした。この方はウツになったとき、偶然出会ったふんどしによって人生が変わり、現在、ふんどしを商材に起業されたとのことでした。
加えてそこにはこうも書いてありました。
「パートナーシップを組める出版社を公募することにしました」。
「出版することがゴールではありません。高い目標に向け、想いを共有でき、かつ厳しくご指導頂ける出版社様とご一緒したいと願っております」
おもしろそうです。そこで早速手を挙げさせていただき、ここから本書の企画はスタートしました。
出版社逆オファー企画。これはあまり聞いたことがありません。お持ち込みの企画というのは「自分の作品」を「世に出したい」という思いが強い方が多く、「作品」を「本という商品」にすることや、「売ること」「広めること」にはご興味がない方が多いのですが、この点でも中川さんは違いました。初めて本を書かれるというのに、10万部が目標だとも書いてあります。そしてその策もお持ちでした。
<出版社逆オファーの企画書>
書籍をつくるというのは、車が1台(安ければ2台以上)買えるくらいのお金をその方に投資することになります。売ることに興味のない方と組んでしまうと、出版社は大赤字になってしまいます。その意味からも「こういう方とお仕事をご一緒したい」と思いましたし、ウツを乗り越え、「ふんどし」で起業というコンテンツもそそります。
「ふんどし」のブームは、うすうす感じてはいました。普通に暮らす私の目にも、「ふんどしは健康にいい」、「女子にもふんどしがいい」という情報は、なんとなく入っていたのです(著者の中川ケイジさんは、ふんどしで起業した方でもありますが、ふんどしブームをつくった方でもありました。ということは、まんまとどこかで中川さんの作戦に引っかかっていたというわけです)。
たった30万円(!)での起業でしたが、中川さんはアイデアをフル活用され、檀蜜さん、いとうせいこうさんなどを引っ張りだし、ブームをつくっていかれました。これはベストジーニスト賞にならい、ベストフンドシスト賞なるものを作って仕掛けられた結果ですが、今期も古田新太さん、上島竜兵さん、大島美幸さんなどが受賞され、とても話題になっています(なんと2月14日はふんどしの日(フン/ド/シ)。この日に今年も授賞式が大々的に行われます)。
こうした過程をうかがうと、普段、私はビジネス書の編集をしていることもあり、「どのようにふんどしをブームにしたのかがわかるビジネス書(ブームの作り方がわかるマーケティング本)にすべきだろうか」と悩みました。
ノンフィクションは、海外ではとても人気のジャンルです。でも残念ながら日本では、なぜか売れにくいジャンル(これはなぜなのでしょうか)。この意味からもビジネス書にした方が、もしかしたら「売れる」かもしれない、と思ったのです。
でも、やっぱり「なぜふんどしで起業されることになったのか」というストーリーに魅かれる気持ちの方が勝ちました。ビジネス書はあとからでもいくらでも出せるけれど、中川さんにとっての1冊目は、ノンフィクションの形態がいいのでは、と思ったのです。
そこでノンフィクションでいくことをご提案し、ご執筆がスタートしました。
中川さんは神戸のご出身で、18歳のとき阪神・淡路大震災で被災され、家は全壊、大切なお友達もなくされました。その後、大学を卒業されると、美容師(!)になり、コンサル会社に転職されると、(ご本人いわく)営業成績が悪くウツになり、会社に行けなくなりました。
ある朝、目覚めると、パジャマがチョコレートだらけだったこともあったそうです。奥様に聞くと「夜中に急にむくっと起きて、チョコレートアイスをバリバリ食べていた」と。でもそんな記憶、彼にはまったくありません。これもウツの症状でした。
ウツは心の風邪というくらい、誰でもなりうる可能性があり、とても身近なものですが、だからこそ「自分もなるかもしれない」「いや、もうこれってウツなんじゃないか」「もしなったらどうなるのだろう」「治るの?」「もし治っても、その後の人生ってどうなるの?」と、知っているようで知らないことがたくさんあります。
そんなとき、中川さんのご活躍は、大きな勇気を与えてくれると思います。人はほんとうに好きなものに出会ったとき、ここまで力を出すことができるのか、と。
そして中川さんには、サムライのように素敵な(笑)、奥様の存在がありました。私もまだお目にかかれていないのですが、彼女の支えがあってこそ、中川さんはここまで頑張ることができたのだと確信できるエピソードがたくさんあります。夫婦って素敵。そんな風に読めるお原稿でもありました。
本書は、18歳で震災を経験し、これを乗り越えた青年の起業ストーリーでもあり、「ふんどし」という古くて新しいものをブームにした過程の書かれたマーケティング本でもあり、夫婦の絆でウツを乗り越えた夫婦愛ストーリーとしても読むことができます。
ノンフィクションの魅力は、読み方、読む方によって受け取るものが異なるところにあるように思います。ぜひ本書は、お好きな形で楽しんでいただければと思います。きっとなにかが残るはずです。
(株)ディスカヴァー・トゥエンティワン 石塚 理恵子
ビジネス書編集者として『99%の人がしていないたった1%の仕事のコツ』『99%の人がしていないたった1%のリーダーのコツ』(累計60万部)などの書籍を担当している。
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