HONZの時代小説の紹介コーナーは、忘れた頃にやってくる!不定期過ぎて申し訳ございません。忘年会や大掃除、そして新年を迎える準備など、慌ただしい日々が続いております。年の瀬ですね。今年は、長期の冬休みという方も多いのではないでしょうか。年末年始、お酒を片手にのんびりと時代小説の世界に浸ってみるのも乙な過ごし方かもしれません。素敵な読書のお手伝い、お役に立てれば幸いです。
今月最初にご紹介する作品は、時代小説界に現れた新たなる旗手のひとり野口卓さんの最新刊「闇の黒猫 北町奉行所朽木組」(新潮文庫)です。南国の園瀬藩という架空の藩を舞台とし、隠居剣士・岩倉源太夫を主人公とした連作短編集「軍鶏侍」(祥伝社文庫)は、王道の剣豪小説に対するこだわりを随所に感じる事ができる作品だった。最初に少しだけその「軍鶏侍」のご紹介を。
人づき合いが苦手な主人公・源太夫。人間関係の煩わしさから、優れた剣の腕を持ちながら40歳を目前に隠居、軍鶏の飼育と釣りで余生を過ごすことに決め一線を退き暮らしていたが、図らずも藩の政争に巻き込まれてゆく。根底に流れる人の情。武士としてこだわり続けた誇りと面目。つまらぬ見栄に命をかける武芸者の悲哀を感じさせる端正な独特の語り口には、「正統派を継承するのだ」という著者の強い信念がにじみ出ている。
「軍鶏侍」には、もう一つ大きな魅力がある。なんといっても生き物の描写の素晴らしさだ。野口卓は、その生物達に揶揄しながら、人間の心の襞の深さを浮き立てて語りたかったのだろう。軍鶏の闘いや巨大な鯉との格闘の場面など丁寧な描写がもたらす臨場感は、抜群のリアリティと余韻を感じさせてくれる。「軍鶏侍」は、シリーズ化され現在シリーズ四作目まで刊行されている。特に、シリーズ二作目となる「獺祭 軍鶏侍」は、名作として間違いなく後世に読み継いで欲しい作品だと思う。
さて、話題を「闇の黒猫 北町奉行所朽木組」に移したい。今後も正統派の剣豪小説を書き続けるのかと思っていた野口卓が次に選んだのは、なんと連作捕物帳だった。待ってました!とばかりむさぼるように一気読み。北町奉行所定町廻り同心、「口きかん」こと朽木勘三郎率いる朽木組が、市中に潜む謎に立ち向かう物語。
朽木組の人物造形がなんと魅力的なことか。例繰方の「紙魚」こと土岐織三四郎、「お喋り伸六」こと岡っ引きの伸六、その手下の安吉や弥太、見習の和助や喜一と個性的なメンバーで構成された朽木組。その朽木組が追い求めているのは、暗闇に潜む黒猫のように、姿を見せず、盗みに入られても数日後に気がつくような仕事をする賊「闇の黒猫」。その「闇の黒猫」は、二十年前、朽木の父定九郎も追っていた賊なのだ。収録されている「冷や汗」「消えた花嫁」「闇の黒猫」には、いずれの物語にも「闇の黒猫」の影が見え隠れする。果たして朽木組は、「闇の黒猫」に辿り着けるのか。
各章の読みどころを詳しく書くと、朽木組と共に謎を解く楽しみを減らしてしまうので、ここではもう一つの読みどころに触れたい。朽木組の面々の活躍はもちろんなのだが、ぜひ勘三郎と息子・葉之助の親と子関係に注目していただきたい。親子関係が希薄になりつつある現代において、勘三郎の息子への接し方に、子育てのヒントが詰まっている。作中、勘三郎の子育てに対する想いが書かれている個所が随所に見られる。親から子へ、子からまたその子へ渡される襷。人を育てるということにおいて、大切なものは、時代を超え受け継がれていくべきなのだろう。
野口卓の初の捕物帳は、まだ始まったばかりだ。ぜひご一緒に今後の朽木組の活躍を見守って下さい。新潮社さん、絶対シリーズ化して下さいね。
続いては、少し艶っぽい作品を。今月、第8回小学館文庫小説大賞を受賞した中嶋隆著「廓の与右衛門控え帳」(小学館文庫)が、6年の時を経てついに文庫化されたのだ。もう文庫化されなのではないかと半ばあきらめかけていた矢先の待望の文庫化だった。著者が小説を書いたのは、後にも先にも本書一冊のみ。この文庫化は、次なる作品のための布石か?と興奮しながら再読した。
江戸時代の作家やメディア文化を研究する現役の大学教授が本業という著者だからこそ活写できた元禄の世の町と人の姿、そしてリアルな風俗がそこに詰め込まれていた。本書を読んだことで、今まで知りえない新たな歴史に触れることができた。物語を支えるのは、著者の豊富な知識とそれを徹底的に抑えた独特の語り口。専門用語の説明を極力省き、冒頭から読者を一気に華やかな元禄の世に誘う著者の筆力にただただ脱帽した。
時は江戸元禄時代。舞台は、江戸三大遊郭の中の二つ、江戸の吉原と京の島原。主人公は、吉原で人を殺め京都の島原遊郭に流れ着いた、かつて江戸柳生流道場の四天王の一人と言われた大木歳三。吉原では、闇夜の歳三と呼ばれた彼は今、流れた島原遊郭で大門の開閉を務める番屋に詰める与右衛門と呼ばれていた。吉原では御家人として生きた歳三が刀を捨て、色と欲が絡み合う遊郭で起こる厄介事を次々と解決してゆく。
剣豪ものから人情噺や謎解き噺、そして怪談噺まで盛り込まれた贅沢な一冊となっている。なんといっても本書が醸し出す艶っぽさは格別。遊郭を舞台としているということ以上に、ここでも著者の独特の語り口が効いている。吉原と島原、それぞれの遊廓のもつ雰囲気の違いやしきたりの違いにも注目して読んで頂きたい。
今回ご紹介したお二人は、個人的に今後の活躍を最も期待している時代小説の書き手のお二人です。ぜひご一読いただけたら幸いです。
田口幹人
さわや書店フェザン店店長
酒と本をこよなく愛す中年書店員。趣味は山菜やキノコを求めての山歩き。
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