『テロリズムの歴史』テロとはメッセージである。

2013年10月18日 印刷向け表示
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テロリズムの歴史 (「知の再発見」双書161)

作者:フランソワ=ベルナール・ユイグ
出版社:創元社
発売日:2013-09-19
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要人暗殺というテロ行為は歴史上、いく度も繰り返されてきた。時にそれは革命の大きなうねりとなり、多くの人々の血を飲み込みながら、国家や社会の形態を変化させることに成功した。または未曾有の戦争を引き起こし、民衆、権力者を問わず、その財産と生命と涙を喰らいつくした。ただ、多くの場合は、それほどの成果もないまま、いつ果てるともわからない、不安定な状況と小規模な流血が続くという事態を作り出してきた。

テロは卑劣な行為として忌み嫌われる。だが、時には圧政と解放の行為として、人々から賞賛される。抑圧からの解放、圧政への抵抗、イデオロギーへの殉教という、ある種の甘美な匂いを、その暴力行為は、はらんでいる。多くの人に恐怖と不安を喚起させる行為だが、その一方で、どこか精神を高揚させ、甘い陶酔に浸れる予感を与えてくれる。

特に現代のテロリズムはそうだ。社会に対する閉塞感と嫌でも知る事を余儀なくされる貧富の格差。それらに対するフラストレーションが、ある種の思想を与えられたとき、復讐という鼻孔の奥を疼かせる甘美な情熱へと転化する。そして若者は、アルベール・カミュの『正義の人々』の中に出てくる言葉のように行動する。

“思想のために死ぬのは、その思想と同じ高みに達するための唯一の方法だからさ。それこそ、自分の行為を正当化することなんだ”

本書はテロリズムの歴史を130ページほどにまとめている。テロという行為の歴史を、感情を排し淡々と説明している。そうすることにより、テロリストを、読者にとって無臭の存在となるよう描いていると私は感じた。もちろん、著者がテロを容認するような思想の持ち主ではないことは文面を読めばわかる。

とはいえ、本書でも書かれているように、テロリストは時に自由の戦士と表裏一体だ。たとえば、ナチス・ドイツに抵抗したレジスタンスは自由の戦士として賞賛されているが、その行為は紛れもないテロである。アイルランド共和軍(IRA)はイギリスではテロリスト集団だったが、アイルランドでは現在でも英雄的な存在として讃えられている。本書を読んで改めて考えさせられたことは、テロとは自分の立ち位置により、驚くほど見方が変化する行為だということ。普段とは違う立ち位置でテロを見つめ、その行為を深く理解するためには、感情論や一方的な批評は避けるべきかもしれないと感じた。たとえテロという行為を憎むとしてもだ。

一方で、テロという行為は、多くの無関係な人々を巻き込む、恐ろしい暴力行為だということも無視できない。血の匂い抜きでは語ることのできないものでもある。特に最近のテロリストは、圧政に反抗しない者は消極的にとはいえ、圧政に加担する者たちだ。という理論をもって市民の犠牲を容認しがちだ。このような狂信的なイデオロギーが放つ、恐怖と死の影を本書では文学作品の引用や、ビン・ラーディン、アル=ザワーヒリーなどのテロリストの言葉やテロ現場などの凄惨な写真を使い、人々に伝えることに成功している。このような演出が立場により変化する視点と、どのように正当化しようとも、やはり拭えない殺人という行為の卑劣さを見事に両立させているように思う。

テロとは爆弾と血と死で綴られたメッセージだ。ビン・ラーディンは9・11で自爆したテロリスト達についてこうのべている。「ニューヨークとワシントンでの行為によって、彼らは世界中の誰よりも力強い演説を行った」

テロという行為は暴力と恐怖による威嚇で、政府や社会に譲歩を迫る以外にも、自らの行為、思想、そして何に怒り、誰に対して復讐しているのかを世界に伝えるメッセージでもあると著者は指摘する。彼らは自分たちの考えを広め、その思いを引き継ぐ人間が必要なのだ。そして、その点では現代のテロリストは最高の味方を得ている。それはマスメディアとインターネットだ。

メディアはその立場は別にして、センセーショナルなテロを連日のように放送することにより、多くのテロリストの卵を養成していることこが本書でわかる。

また、テロリスト自身がメディアを運営している場合もある。たとえばアス・サハブという映像制作会社はアルカーイダが運営する会社とみられている。ヒズボラは、「アル=マナール」というテレビ局を運営している。これらの組織がテレビやインターネットに多くのテロ事件という、「メッセージ」を提供している。

このような動画の拡散が、欧米で生まれ、欧米で育ったアラブ人テロリストを生んでいる。彼らはテロ組織に属することもないまま、中東のイスラム過激派の怒りを共有する。そして突然、稚拙ではあるが、誰にも予測できないテロ事件を引き起こす。近年、誕生した新たな脅威である。インターネットという媒体はテロのあり方を確実に変えた。

多くのテロ組織は100年もたたないうちに、瓦解するか、平和的な組織に移行するという。19世紀に盛んだったアナーキストによるテロ組織は、もはや存在しない。PLO,IRAは公的な組織に移行した。赤い旅団を初め、多くの左翼組織は瓦解するか暴力的な行為を行わない組織へと変貌した。現在、最も有名なテロ組織、アルカーイダやヒズボラがどのような結末を迎えるのかは、誰にもわからない。しかし、どのような結末を迎えようと、国家の支配や貧富の差などが存在する限り、新たなテロは生まれる。

テロリストは、国家の抑圧的な権力行使こそが、真のテロであるとのべている。テロと戦う政府はテロを抑え込むために、権力を抑圧的に行使する。たとえそれが民主主義の政府であってもだ。近年、テロとの戦いで、アメリカを初め、多くの国がテロ組織の幹部を暗殺という方法で、葬っていることでもそれはわかる。テロリストは権力の本性を暴き、多くの共感者を生み出すことに成功している。彼らは負けない限り勝利する、死によって綴られたメッセージを武器にして。パンドラの箱は太古から開いたままだ。箱から飛び出した禍は、私たちに永遠に答えることのできない問を投げかけている。

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=MTFjjy_xkVA[/youtube]

:アルカーイダが運営するアス・サハブが制作したと思われる動画。

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=EwRS88W_Jnc&list=WL9DEA2225A2E28055[/youtube]

:【閲覧注意】イラクで暗躍した「ジュバ」と名乗るスナイパー(詳細は不明)の狙撃シーンを集めた動画。ジュバはパトロール中の米兵を次々に狙撃し、その動画をネットで公開していた。殺人シーンをネットに投稿することは、私たちには野蛮な行為に思える。だが、アラブ世界ではかなりの支持を集めた。遠景で画像が不鮮明とはいえ、人が殺されるシーンである。動画を載せるか迷ったが、アラブ人がこのような行為を支持し、彼を英雄視している意味を考えるために、あえて掲載することにした。閲覧するかどうかは、読者の判断にゆだねたい。

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作者:ジョビー・ウォリック
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村上 浩による本書のレビューはこちら

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