本書は、ビルマ(ミャンマー)と、隣接する中国・インドの都市を歩き、リアルな現場を伝えると同時に、その都市に関連する歴史を振り返った本だ。著者はケンブリッジ大で歴史の博士号を取得し、国連や国際機関で勤務した後、現在はビルマで歴史的建造物の保存に取り組んでいる。テインセイン大統領の諮問評議員や、ミャンマー平和センターの特別顧問を務めるなど、現在進行中の自由化改革の主流にいる人物だ。本書の原題は”Where China Meets India: Burma and the New Crossroads of Asia”だ。「ミャンマー」ではなく「ビルマ」等、歴史上の地名が使用されている。2011年秋に本書が英語圏で刊行された際は、毎日のように新聞や雑誌に取り上げられたそうだ。民主化と経済制裁解除が話題になっている中、ビルマという国をより深く理解出来る一冊である。
著者はビルマ、中国、インドにおいて計14都市を渡り歩いた。第一部「裏口から入るアジア」はビルマについてだ。中国・インドと比べると小さく感じられるが、ビルマは日本の約1.8倍の面積を持つ人口6300万人の国である。旅は旧首都ラングーン(ヤンゴン)から始まる。仏教寺院シェエタゴン・パゴダがあり、アウンサン・スーチーが軟禁されていた都市だ。この章を読むことで、読者は、ビルマという国の大まかな歴史を理解できる。中国・インドの章についても同様で、第二部「未開の南西部」では最初に北京、第三部「インド世界のはずれ」では最初にニューデリーを訪問し、中国とビルマの関係、インドとビルマの関係が考察される。例えば中国については、
少し離れたところからだと、中国のビルマ軍政との関係は、中国の北朝鮮との関係やスーダンなどビルマ以外の「ならず者」国家との関係と一緒くたにされ、不吉そうで不気味なものととらえられるか、インドとの新しいグレート・ゲームという文脈に置かれることが多い。中国国内の事情や、中国・ビルマ関係に実際に影響を与えている動きはほとんど理解されていない。そして中国の辺境の歴史や雲南の状況となると、すっかり無視されている。
というような国レベルの問題が説明され、後続する部分では都市別の話題が描かれる。実際に現地を訪れて得たリアルな事実も知ることができる。例えば雲南の北にある「麗江古城」は今や辺境ではなく、年間500万人が訪れる観光地となっており、博物館の神官が「観光客のためにトンパ文字を書くのは本当に嫌です。自分たちの伝統に対する侮辱だと感じます。」と言っている、というような情報だ。
ビルマでの旅はラングーンに始まり、マンダレー・メイミョー・シーポー・ラーショーと続く。また、中国では、瑞麗・麗江・大理・昆明を訪問する。これらの街は、ビルマ-中国間に最近敷設されたパイプラインが通過している場所である。鉄道も建設中らしい。欧米が経済制裁している間に、中国はインド洋に経路を確保した。これは中国が「マラッカ・ディレンマ(マラッカ海峡を封鎖されるリスク)」を回避するための活動であるが、歴史的に振り返れば、第2次大戦中に中国を背面支援するために突貫で造られた「ビルマ公路」や「スティルウェル公路」を踏襲したルートでもある。さらに言えば、古代には琥珀や綿・茶等の貴重品が通り、13世紀にはモンゴル人が通り、17世紀には明の最後の皇帝を捕えるために清軍が通ったルートだ。本書には「紀元前1世紀」から「2011年」まで4つの時代の地図が掲載されており、振り返る歴史が時に紀元前にまで遡ることが魅力の一つである。
第三部「インド世界のはずれ」では、インド東部のカルカッタ(コルコタ)と北東部のガウハティ、インパールを訪れる。インドは、バングラディシュを大きく迂回する形で、インド・ビルマと接している。ビルマ経由で中国がインド洋に進出してきた今、経済発展を考えても、パワーバランスを考えても、ビルマという国の重要性は確実に増している。対中国でのバランスという意味は、ビルマも同じ状況であった。2010年には、ビルマ軍政の最高指導者タンシュエが鳴り物入りでインドを訪問し、複数の経済協定に調印した。これによりビルマ北部のアキャブ港とインド北東部を結ぶ道路・水路が整備されることになった。バングラディッシュも、雲南からビルマまで来た鉄道をチッタゴンまで延伸することで大筋合意した。将来はカルカッタまで至る可能性もあるという。
数千年の間通行困難だった地域が整備され、ビルマは、中国とインドという、16世紀に世界経済の半分を占めていた2大文明の交差点になりつつある。本書は、そんな「最後のフロンティア」ビルマの歴史と現在を知るための最適な入門書と言えるだろう。マルコ・ポーロが見た雲南の話や、インパールで韓流ドラマが流行っている話、中国国境付近の「いかがわしい観光地」の話など、おもしろい話にも事欠かない。
本書にも出てくる中国少数民族の文化について。レビューはこちら。
日本には高野さんがいる。仲野徹による『謎ソマ』のレビューはこちら。