向かって左上からQWERTYと並ぶパソコンのキー配列だが、これは19世紀にタイプライター発明者が考案した配列そのままである。当時はタイピストが速く打つと印字がうまくできなかったり、故障したり、問題が起きていた。苦肉の策で、速く打てないように並べた「非合理的な配列」が市場を席巻、1世紀以上たった今も残っているのである。
不思議な話である。我々はパソコンを使用する際に速く入力することを目指しているはずなのに、速く打たないことを当初は目的にした配列を使い続ける。他の配列が提案されたこともあったが、採用されずに至っていると著者は指摘する。
本書は「標準」規格の概念が生まれた18世紀からの歴史を追った一冊だ。ネジ、紙のサイズ、そして自動車など。工作機械の発達に代表される工業化の進展が取り換え可能な部品の製造を実現し、標準化を下支えしていく。一方、一定のプロセスを経て到達した標準が技術的にも社会的にも最適な解でないケースもある。キー配列の例を見れば明らかだろう。
標準化が生まれる契機になったのは、フランスの軍隊の武器の修理。軍が戦争での効率化のために部品の規格を統一させた。上からの働きかけで生まれた標準化であるが、生産管理手法の確立や、大量生産化時代の到来で市場が規格を決めることになる。かつては標準化の節目には戦争が存在したが、今も市場という国家間や企業間の「戦争」が標準化を左右する点では、実は同じなのかもしれないが。
互換性を巡るエピソードだけでなく、経営学の教科書をめくると最初に出てくるフレデリック・テイラーの科学的管理や大量生産方式に対する考察も興味深い。標準化は利便性の反面、弊害も併せ持つ。部品だけでなく人が管理され始めることで、一動作ごとに「何秒以内でやれ!!!」などと小言を言われれば、我慢できない人間も出てくるのは当然だ。労働管理の進展の中で、殺人事件まで起きたというから穏やかではないが、「入れ替わり可能な存在」から逸脱しようとするのが、人間の心理なのだろう。このようなことを書きながら、「こいつ、陳腐なこと書いてやがるぜ。このレビュー自体が他の人でも書けるレビューだよね」という声が聞こえてきそうで、おびえている自分がいることもその証左かもしれない。
本書は2002年に出版された『<標準>の哲学』に加筆しており、コンテナの標準化についての考察が加わっている。一つひとつのエピソードは聞いたことがある事例も少なくないが、標準化の弊害を含め時系列に丹念に事例を調べている。標準化が国家の通商政策や企業活動で重要になっているが、日本企業は標準化への意識が低い。グローバル競争で標準化の持つ影響を考える入門書としては最適な一冊だ。
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海運用のコンテナの標準化がどのようにして進んだかについて書かれた一冊。成毛眞も『面白い本』でおススメしています。