本書は、2010年から2013年にかけて、小学館『本の窓』に連載された17回の対談をまとめたものである。大きく5つの章に分類されており、それぞれ、「「のど元過ぎれば…」で、また戦争するのか?」、「「知らぬが仏」では、すまされない」、「アメリカよりアジアを向いた脱官僚の国へ」、「人間力をとりもどすために」、「人は「資源」ではない。型破りのススメ」と題されている。ゲストは、探検家の関野吉晴さん、前中国大使の丹羽宇一郎さん、ペシャワール会の中村哲さんなど、多彩な「免許皆伝の達人」達である。
上記の章題から推察される通り、硬派なテーマに果敢に挑んでいることが、本書の1つの特徴だ。それも、対談のホストが菅原文太さんだと聞けば、さもありなんと納得できる。
本書には、前書きも、後書きもない。シンプルに、対談の内容だけがそこにある。ゲスト17人と菅原さんの仁義なき闘いだ。読者はそこに、甲子園のような熱い勝負を見出すだろう。キャッチャーのサインに首を振り、直球を投げ込む菅原さんの姿を。最初に出てくるバッターは、紫綬褒章、菊池寛賞を受けた俳人の金子兜太さんである。初球はこうだ。
菅原 私は、俳句はまったくの門外漢でありまして。残念ながら金子さんの俳句も……。
金子 それは残念(笑)。
菅原 一茶の句の幾つかしか知らない(笑)。
なぜだ。なぜ、最初がこの人なのだ。
2番バッターは、国際憲法学会の名誉会長の樋口陽一さんである。手練のバッターが続く。
菅原 オレは早大法学部中退なんだけど、じつは日本国憲法をよくよく読んだのは今回が初めてなんだ(笑)。
私はここで確信した。この本は、普通の対談本ではない。本当に、不器用なんだ。
評論家の西部邁さんの回はこうだ。
菅原 オレは60年安保で学生運動が盛り上がっていた頃、ルンペンみたいなもんだったから、いわば高見の見物だったけれど、西部さんは何回かパクられて、臭い飯を食っていますね。
西部 山本夏彦は著書で「人間は捕まえる人と捕まる人のふたつに分かたれる」と言っていますが、僕は明らかに捕まる側でね(笑)
いきなりの内角高めだ。返答も、ロジカリー正しい気がするがよくわからない。菅原さんと西部さんの真っ向勝負である。(笑)は(ニヤリ)のほうが良いのではないか?毎回、印象的な出だしを狙っているのだろうか?
違う。不器用なのは高倉健さんだ。じゃなかった。たぶん、狙っているのではなく、ここに書かれているのは、菅原さんが本当に思っていることだけだ。もし、目の前に菅原さんがいて、上のように話し始めたら、きっと、私も、自然に笑うだろう。自分に素直に、策を弄することなく、知らないことは知らないと言い、相手にもそれが伝わっている。私は、『笑っていいとも』で、並みいるゲストにアドリブで対応するタモリさんと、対極の凄さを見たような気がした。喩えて言うなら、タモリさんが「自然体で隙が無い合気道」だとしたら、菅原さんは、「自然体で覚悟が決まっているサムライ」である。そして、捨てることに躊躇が無いという意味では、むしろ、対極というより、同じなのではないかとも思った。マウンドに立って直球を投げる、と言うのは、カーブを投げることを捨てることである。
また小難しいようで当たり前な事を書いてしまった。というか、2回連続で本の内容と関係ない事をレビューで熱弁している気がする。しかし、私が本書を良い本だと思ったのは、テーマが硬派だったからでも、書かれている意見が素晴らしいからでもなく、むしろ、時にそれが自分の意見と異なっていても、菅原さんの一投一投がたまねぎの皮をむくようで、そして、私は、その皮をむいた跡に残る勇気のような善良に惹かれたのだ。それが、きっと、菅原さんがジブリや細田守さんの映画に起用されている理由なのではないか。
菅原 一茶の句の幾つかしか知らない(笑)。今日は、反戦に込めた金子さんの気持ちを中心にお伺いしたいと思っているんです。その原点は、第二次大戦中、西大平洋に浮かぶトラック島に引っ張っていかれたことにある、と。
金子さんは、これに、「戦争に勝つために身体を張ってやるんだ」などと考えていたおっちょこちょいではなくなった、多少締まりのある人間になった自覚があると答える。
金子 トラック島を去るとき、変な句をつくったんです。
“ 水脈の果て炎天の墓碑を置きて去る ”
菅原 自分の墓碑をそこへ仮託して、その島に置いて……という意味ですね。
金子 鋭い。一緒に死んだつもりで。そういうことです。だから私は変わりました。そこで。
菅原さんとゲストの達人の言葉は皆深く、覚悟を感じるものだ。自分も、いざという時、観客席ではなく、ちゃんとマウンドに立てるだろうか。恐れずに、直球を投げることが出来るだろうか。恐れず直球を投げる人を、偉大だと評価できるだろうか。
『ほとんど人力』の題名にもなった用水路工事の技術は日本の伝統工法だった。
中村 楽しいですよ。よく大変ですねって言われるんですけど、ここで働いているのがいちばん幸せ(笑)。
自由な藤森先生、それを観察してレポートする山口さん、どちらも素敵な対談本。新井文月のレビューはこちら。