馳星周といえば小説『不夜城』である。登場人物のほとんどは歌舞伎町の深部に蠢く中国人マフィアなどだ。その馳星周の喰人魂というのだからギョッとするタイトルであることは間違いない。じっさい中国における食人は『水滸伝』の時代には珍しいことではなかった。平凡社の中国古典文学体系『水滸伝』駒田信二訳の第41回から引用してみよう。
黒旋風の李逵がぱっと立ち上がって、
「おいらが兄貴にかわってこやつを引き割いてくれよう。それにしてもこやつ、よく肥えてやがるから、焼いて食ったらうまかろうな」
すると晁蓋が、
「まったくだ。匕首をとってくれ。それから炭火をもってきて、こやつをこまかく切って焼き、酒の肴にして、弟の恨みをはらしてやろう」
(中略)
と、匕首でまず太腿の肉をえぐり取り、うまそうなところをえらんでその場で炭火に焼いて酒の肴とし、えぐり取っては焼き、焼いてはえぐり取りして・・
(以下略、オエッ!生きたまま食われちまった)
しかも、本書『馳星周の喰人魂』は写真付きなのだ。とはいっても、じつは美味そうなオムレツリゾットや松茸ご飯。トリュフ風味の蜂蜜がかけられたクワトロフロマージュのピザ。達人が作った野沢菜にトルコ風ラーメンの写真だ。なんと馳星周は美食家だったのだ。43篇のエッセイはすべてヤバく旨そうなのである。小説家の書く文章だから丸ごと信じてはいけないと、内なる声が囁く。この人たちは悲しい物語も、楽しい話も、美味しい文章も自由自在に書くことができるプロなのだと。
とはいえ、自分の経験と合わせて頷くことがあまりに多く、この作家の舌はブランドや薀蓄に騙されることのない質実剛健な得物だと断言できる。「江戸前寿司は江戸で食え」とは、まさにそのとおり。ほとんどの港町の寿司を旨いと思ったことはない。「世界一のステーキ」ではテキサスでエイジングされた赤身に舌鼓を打つ。そう、旨いステーキは赤身に限ると思う。そして何よりも「奇跡のタレ」では「ベルのタレ」とラム肉を絶賛しているのだ。
この世から牛肉が消えてもかまわない。実際、最近は牛肉を食べる回数がとんと減った。
豚肉もなくてもいいかもしれない。時々、豚肉も美味しいんだよなあと思いを馳せるかもしれないが、なくなってもしょうがないと思う。
鶏肉も同様だ。
しかし、ラム肉がなくなるのだけは困る。ラム肉なくしてなんの人生か。ベルのタレなくしてなにが食卓か。
まさにそのとおり。我が家もラム愛がヒドく、年がら年中ラムチョップに塩コショウし、「ベルのタレ」数滴を隠し味にして食べている。それはともかく、本書を読み終わってバスク地方のサンセバスチャンに行こうと決めた。
今年のワールド50レストランのトップに輝いたのはサンセバスチャンのエル・セジェール・デ・カン・ロカだったし、ミシュラン3つ星が2軒、1つ星以上が10軒近くある、人口18万人の街だ。しかし、行ったら行ったで、バル巡りにうつつを抜かすであろう。そしてまた5キロほども太って寿命を縮めることであろう。それでは困るので、まずは毎年恒例の糖質ダイエットの準備をすることにした。あくまでも準備なのでご助言無用。
http://www.theworlds50best.com/list/1-50-winners/