★★★☆☆
コンピュータの限界に興味がある人はもちろん、「人間らしさ」に興味がある人にもおススメ
コンピュータが仕事を奪う (2010/12/22) 新井 紀子 |
パナソニックやファーストリテイリングが新卒採用の大半を外国人にすることが話題になったが、工場やオフィスの海外移転はどんどん進み、国内の失業率も下がる気配を見せない(他の先進諸国と比べればまだまだ低水準だが)。本日(2011年2月4日)の日経にも製造・建設業に従事する労働者の数が90年代以降激減し、その総数で事務職に逆転されるという象徴的な図が掲載されていた。
「経済のグローバル化により、世界レベルでの賃金競争が起こり、単純労働は賃金の安い途上国に奪われている」ことが、先進諸国で失業率が高止まりしている原因の1つであることは間違いない。しかし、我々から最も仕事を奪っているのは実は途上国の人々ではなく、コンピュータなのである。21世紀においては肉体労働者・単純労働者だけではなく、ホワイトカラーもコンピュータによって仕事を奪われていく。
経済学者の視点から労働問題、失業問題等について書かれた本は沢山あるが、著者の専門は情報科学、数学教育であり、本書は「奪われる側」の視点ではなく、「奪う側」の視点から書かれた類書の少ない一冊。とはいえ、本書のフォーカスは「仕事」の部分よりも「コンピュータ」であり、コンピュータは何が得意で、何が不得意なのかが詳しく解説されている。奪われないためにはどうすればよいのか、本書ではまず敵の手の内を知ることができる。
コンピュータの強み・弱みを考えるときには我々の直感は役に立たない。
チェス、将棋や囲碁の達人たちは高度な思考の持ち主であると考えられ、尊敬を集めているが、チェスの伝説的なチャンピオンのカスパロフは10年以上も前にコンピュータに敗れており、将棋や囲碁のチャンピオンも10年後にはどうなっているかわからない(この辺りの話は本のキュレーター勉強会2月の課題図書『閃け!棋士に挑むコンピュータ』に詳しいはず)。
一方、子供でもできてしまうような簡単な作業がコンピュータには未だに全くできなかったりもする。本書で興味深い事例が紹介されている。100時間という膨大な長さの動画から特定のシーン、例えば「扉が開けられようとしているところ」、をどれだけ短時間で探し当てられるプログラムを開発できるかを競うTRECVIDというコンテストが開催されているのだが、2005年のコンテストにおいて4~9分割された画面を200倍速で流して人間の目で確かめるという方法が、世界の一流研究者達が開発したプログラムを押しのけて2位に入選してしまった。コンピュータによる画像認識については、本書で紹介されている『石頭なコンピュータの眼を鍛える』が詳しく、デジカメの画像認識技術の原理なども簡潔に説明されている。こちらもおススメ。
先月から成毛眞さん主催の本のキュレーター勉強会に参加しているのだが、この「本のキュレーション」という作業もコンピュータに奪われてしまうのだろうか。個人的な考えだが、本のキュレーションには「面白い本を選ぶ」「選んだ本の面白さを伝える」という2つの作業(仕事)があるのではないか。それぞれどのようにすればコンピュータに奪われない書評となるだろう。
先ずは本の選別について考える。コンピュータは人間から見れば無限大とも思える量の本の内容を記憶できるが、その中でどの本が面白いか、どの本を紹介すべきかは単独では判断できない。ただし、アマゾンのレビューのように、人々の本に対する評価をまとめあげることは得意だろう。アマゾンのレビューは信用ならない場合も多いが、レビュアーの素性まで見れば一定の確度で本の面白さを推測できる。他の例でも、プロと素人が同じ土俵で映画を点数付けする映画レビューサイトROTTEN TOMATOESやブログの影響で、最近の映画は公開3日で勝負が決まるといわれている。特に、日本公開は遅いので、ROTTEN TOMATOESの点数が公開時にははっきりとでているので、低い点数のものには行かなくなってしまった。
このことから、コンピューターに奪われない「面白い本の選び」というのは、まだ人による評価を受けていない本の中から面白い本を探し出し、最初の本の評価者、紹介者となることなのではないか。
次に、第2回の勉強会でも話題になったが、選んだ本の面白さを伝えるには「本の何について書くのか」を考えなければならない。本には様々な要素があり、書評では本を超えた範囲に関しても言及できる。
網羅的ではない(出版社や社会情勢についても当然書ける)が、書評で書くことのできる要素を上図にまとめてみた。例えば、小飼氏は本書『コンピュータが仕事を奪う』の書評で、本書のテーマに関連した、本書に書かれていない要素(遊び)にフォーカスしている。ちょうど書評を書こうかなと思っていたときだったので、「すげー」と思った。松岡正剛氏はとんでもない数の関連本とその著者への言及をとんでもないハイペースで行っている。勉強会参加者の土屋さんは『純減団体』の書評で、断り書きの異様さとその裏に透けて見える著者の思想・性格にまで言及されている、こちらも「すげー」と思った。
このように、本に直接的に書かれていない部分はコンピュータには未来永劫ピックアップできないだろうし、明示的に書かれているファクトの中から面白い部分をピックアップすることも困難だろう。ただし、文中に多数出てくるキーワードや太字、下線などで強調されている部分を抽出することは簡単だ。理系の論文は多数の関連キーワードによるタグ付けが行われているが、一般書籍でもやればいいのに。現在はタイトルでしか探せないアマゾンの検索が一気に楽になるような気がする。キーワードやお気に入りのセンテンスを箇条書きしているだけではコンピュータに取って代わられるかもしれない。
とまぁ、長々と書いたがいつもはこんなこと考えながら書いているわけではない。勉強会で刺激を沢山受けたので、少しアウトプットがしたかっただけ。理想的には町山智浩氏の映画解説のような書評が出来るようになりたい。彼の映画評を聞くと無性にその映画が観たくなるのだ。