What’s the problem 『経済古典は役に立つ』 竹中平蔵

2010年11月22日 印刷向け表示
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採点:★★★★☆

「経済学史」はもちろん、「経済学的考え方」に興味のある人におすすめ。

経済古典について、その古典が対象とした問題(とその問題を生み出した次代背景)と著者の経歴、思想の起点が簡潔にまとめられており、経済学に馴染みの無い人でも十分楽しめる。政権交代の経済学(拙ブログの書評)と併せて読めば、経済関連ニュースでよく聞く言葉の意味がざっくり理解できる。

経済古典は役に立つ (光文社新書) 経済古典は役に立つ (光文社新書)
(2010/11/17)
竹中平蔵

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■あらすじ

「神の見えざる手」でお馴染みの、経済学の始祖アダム・スミスに始まり、マルサス、リカード、マルクス、ケインズ、シュムペーター、ハイエク、フリードマンまで、経済『古典』が生まれた背景とその著者について解説している一冊。強烈な個性を持った天才たちが、その当時直面していた問題への解決策を求めて、極限まで考えを煮詰めた結晶である『古典』には、我々が現在の問題へ立ち向かうための示唆を数多く見つけることができる。

『古典』から示唆を得るためには、その『古典』がどのような問題への解決策を示したものなのかを理解しなければならない。「あなたはケインジアンですか?リバタリアンですか?」という質問には意味が無い。ケインズはどのような問題を前提として、大きな政府の必要性を訴えたのか、ハイエクはケインズの問題設定のどこが間違っていると指摘したのか、本書がその概要を教えてくれる。

■感想

成毛さんは実践!多読術の中で、「古典を読むのは人に任せよう」という趣旨のことを仰っていた。全く賛成である。なぜかというと、そもそも文章が分かりにくいし、「古典」になるくらいなので、個別的なことよりは普遍的なことが書いてある場合が多いので、その『古典』が書かれた背景まで理解していなければ、意味が取り難いのだ。『古典』は本書のように、プロに任せた方が身のためだ。プロの解説でより興味が沸き、本気で格闘する気になれば、原著に挑戦すればいいのでは?

というわけで、本書で紹介されている原著は一つも読んだことはないが、本書は非常に面白かった。リーマンショック後様々な経済書を読んだが、本書を読んでから読めばもっと深く理解できたに違いない。本書は丸の内キャンパスでの講義を基にしているそうだが、その講義にも行ってみたかったなー。

現代に生きる我々は市場の概念を当たり前のものとして捉えているが、アダムスミスが生まれる前の17世紀ごろには利潤を追い求めることが明確に不徳として捉えられていたようだ。

「人は物をできるだけ安く買い、できるだけ高く売ってもよい」などというのは誤っている。「富のために富を求めることは強欲の罪へと堕ちていくことだ」

と言った牧師もいたようだ。随分考え方の異なる時代だったんだな、と感じたがどこかで聞いたような台詞でもある。そう、村上ファンド村上世彰氏への一審判決に添えられた、「被告の『安ければ買うし、高ければ売る』という徹底した利益至上主義に慄然とする」という文章と全く一緒なのだ。うーん、こんな司法では日本の景気がよくなるわけ無いよな・・・

TPPへの参加是非が取り沙汰されているが、反対派の議員には是非アダム・スミスを読んでほしい。スミスは貿易の差額で利潤を得ようとする重商主義を徹底的に糾弾する。

「消費こそがすべての生産の唯一の目的であり、生産者の利益は消費者の利益をはかるために必要な範囲内でのみ配慮されるべきである」「重商主義では、消費者の利益はほぼつねに生産者の利益のために犠牲にされている。消費ではなく生産こそがすべての商業と商業の最終的な目的だと考えられているかのようである」

日本でも安くて美味しい牛肉やお米が食べられる日は来るのだろうか。

上記の例以外にも多くの『古典』が現在の問題を考えるヒントを与えてくれる。「In the long run we are all dead」と言い放ち、個別の問題解決の手段を示すことの重要性を説いたケインズが何故、「”一般”理論」を書いたのか、ハイエクがその”一般性”に噛み付いたのは何故か、など面白いトピックが沢山あるおススメの一冊。

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