みずほ銀行出身の経営コンサルタントがいた。
そして、彼が顧問を務める中小企業は、粉飾決算によって銀行融資を受けていた。
もちろん、彼もその事実を知っており、ある意味では、粉飾決算に関与していた。
その結果、彼は東京地検特捜部に狙われ、2012年3月、懲役2年4ヶ月の実刑判決を宣告される。
すべて事実だ。飾らず淡々と書いてしまえば。しかし、幾つかの補助線を引いてみることで、同じ事実から、全く異なる相貌が浮かんでくる。その時、この事実に何を思うのか。それこそが、本書が突きつける最大のテーマだ。
実刑判決を受けたコンサルタントの名は、佐藤真言。本書の著者だ。
学生時代に読んだ高杉良の『小説 日本興業銀行』に感銘を受けると、中小企業を支える本物のバンカーを目指して、第一勧業銀行(現みずほ銀行)に就職。当時、第一勧銀の中でも最大級の店舗だった築地支店に配属されると、営業として中小企業金融の業務に邁進した。しかし、そこで直面したのは、中小企業を支えるべき銀行が、貸し渋りや貸し剥がしによって、むしろ中小企業を苦しめているという哀しい現実だった。自らが理想とするバンカーの姿との絶望的なギャップに苦しみ、決定的な挫折を経験した彼は、2001年12月、銀行を辞めて、経営コンサルティング会社への転職を決意する。中小企業を、真に支えるために。
正義感の強い人なのだと思う。
人間らしく、泥臭い仕事を心から熱望していたことがよく分かる。
そんな熱い志を持った彼に、一体何が起きたのか。
きっかけは、ある事件だった。
2010年12月。東京地検特捜部は、みずほ銀行元行員の武田広人を詐欺容疑で逮捕した。本書から事件の概要を引用しておこう。
武田は現役銀行員の時代に新規顧客を開拓するために、営業実態のない会社や売上高が数百万円~数千万円程度の零細企業の決算書を売上高数十億円とする桁違いの粉飾した決算書を作成し、税務署の収受印も偽造、同行築地支店の支店長決裁可能額の五億円の稟議を何度も起案し、融資を次々と実行した。
さらに、五億円の融資額の中から成功報酬として半分を自らにキックバックさせるなど、融資金の大半を私利私欲目的に使った。
実は、武田が不正融資を実行した企業の中に、サンピエトロという会社があった。そしてこの会社には、社長の弟でサンピエトロの取締役だった伊藤幸治郎が経営するスカーラという兄弟会社があり、このスカーラを顧問としてサポートしていたのが佐藤だった。更に、逮捕された武田とは、同じみずほ銀行築地支店の2つ先輩という間柄だった。スカーラも粉飾決算を行っているとの事実を掴んでいた特捜は、「佐藤こそが、武田事件の真の黒幕ではないか」というストーリーを描くことになる。ここが、最初の補助線だ。
スカーラだけではない。佐藤がコンサルティング支援を行っている複数の顧客企業が、粉飾決算を行っていた。コンサルタントとしての彼の業務は、銀行時代のスキルを生かした決算書分析や財務改善の支援、そして銀行交渉のアドバイス等であり、当然ながら粉飾の事実は知っていた。ただ、どの企業においても、彼が主導して粉飾決算へと誘導した訳ではない。そももそ、彼がコンサルティングを始めた時には、既に粉飾決算の状態だったのだ。これが2本目の補助線になるのだが、実はその背景には、日本経済の深い闇が見え隠れしている。もう1本、別の補助線を加えてみよう。
中小企業が粉飾決算を行う理由。それは、赤字では銀行の融資が出ないからだ。赤字企業は淘汰されて然るべきとの意見もあるかもしれないが、そうした企業にも当然ながら従業員がいて、彼らには家族もいる。そもそも国内企業の99%は中小企業であり、多くの国内雇用は、そこで支えられているのが現実だ。その意味でも、中小企業の経営状態は、日本社会の幸福と安心に直結している。しかし実態は、大半の中小企業が資金繰りに日々苦しめられている。なにしろ国税庁の発表によれば、中小企業の70%は赤字なのだ。しかし、たとえ今は赤字だったとしても、運転資金さえあれば経営を立て直せるケースも少なくない。そして経営者たちは、誰もがその可能性に懸けている。自らの会社と、そして雇用を守るために。
でも、銀行は赤字企業に融資しない。信用リスク格付制度の拡大と金融行政の影響が相まって、個々の中小企業のポテンシャルを丁寧に見極めて、時には赤字でも積極的に融資を行うような姿勢は消え去ってしまった。だからこそ、赤字に苦しむ多くの中小企業は、やむにやまれず粉飾に手を染めてしまうのだ。
粉飾は、既に日本社会に蔓延している。
これが3本目の補助線であり、本書において最も重要なメッセージでもあるポイントだ。
ここまで来ると、粉飾決算によって銀行から不正に融資を得たという罪状(詐欺罪)も、その言葉とは違った様相を帯びてくるはずだが、事件を読み解くための重要な鍵が、まだ2つほど残っている。
まず、経営コンサルタントである彼が顧問先企業の粉飾決算を黙認したのは、その企業に再生の可能性を見出していたからだ。もちろん、涙ぐましいまでの聖域なきコスト削減を中心とした徹底的な企業努力は必要不可欠だが、組織規模の小さい企業の場合、再生に向けたビジョンとリーダーシップを兼ね備えたリーダー(大半のケースでは社長)が存在すれば、なんとか立て直せることも多い。経営とは、つまるところ人なのだ。本気で再建に取り組む覚悟を持ったリーダーがいるならば、なんとか運転資金を継続させて、会社を潰さないことを一義的に考えるのが、彼のスタンスだった。銀行から下りた融資金の使途は、当然ながら再建のために全てが投入された。詐欺罪とはいえ、彼は融資金を一円たりとも懐に入れていない。
そしてもう一点。彼が起訴された事件は、前述のスカーラだけではない。エス・オーインクというアパレル企業の粉飾決算に関与していたことも特捜の標的にされた。彼はエス・オーインク社長の朝倉亨と出会い、朝倉の経営にかける本物の熱意に心を打たれる。そして、「この会社は絶対に良くなる」との確信を抱く。だからこそ、新規融資が切れれば間違いなく倒産してしまう状況下で、朝倉から粉飾決算の事実を明かされ、「この決算のままで進めましょう」と悲壮な決意をもって伝えられた時、彼には粉飾を止めることが出来なかった。そうして、彼の支援のもとで再建に乗り出したエス・オーインクは、その後、メインバンクである三井住友銀行の担当者から提案を受けて、震災保証制度を利用した融資を受けることになる。東日本大震災で被害を受けた企業を対象として、保証協会が従来の保証枠とは別枠で、全額保証をつけてくれるというのが、震災保証制度だ。震災という性格上、審査も甘く、銀行としても保証つきの融資となればノーリスク。銀行からすれば、取引先企業に是非とも活用してもらいたい制度だった。提案を受けた朝倉と彼は、この震災保証枠を使って、約1億円の新規融資を受けることになる。粉飾された決算書で。
しかし、これが特捜に狙われた。事件の黒幕として彼らが目をつけた佐藤真言は、所詮は一般人であり、かつ不正融資といっても、個人的な着服もない。社会の巨悪を討つべき特捜にとって、小さすぎたのだ。容疑そのものが、端的に言って、事件性に乏しいものだった。それでも一旦動き出せば、組織のプライドにかけて自らのシナリオを完遂させようとするのが特捜部だ。そして最終的に、彼らはエス・オーインクが利用していた震災保証制度に目をつける。そう、「東日本大震災の被災者を愚弄する害悪」という筋書きが引かれたのだ。佐藤真言という男を、「特捜が討つべき社会の悪」へと仕立てるために。
あくまで本レビューは、本書の記述に依拠している。
「それもまた片面の真理だ」と言われれば、そうなのかもしれない。
しかし、本書が極めて重要な問題を私たちに提起していることは、間違いない。現在、最高裁に上告中の著者は、エピローグの中で本書に込めたメッセージを明確に綴っている。
この本には、二つのテーマがあります。一つ目は、「粉飾決算を銀行に提出して融資を受けることが銀行を騙すことにはならない。仮に騙したことになったとしても、実刑にされるほどの重い罪を犯してはいない」ということ。二つ目は、「日本では、捜査当局にいったん狙われれば、普通に暮らす市民でも特捜部により逮捕、起訴されうる」ということです。
その上で、私としては、もう1つの重要なテーマが存在することを付記しておきたい。
そもそも中小企業の70%が赤字といわれる経済環境において、銀行の融資姿勢が今のままであるならば、「マトモな決算書の提出が、生き残れたかもしれない企業を殺してしまうこともある」ということだ。
それならば、粉飾も是とされるのか。
この問いに、決められた解はないのかもしれない。ただ、本書を読み終えた読者は、時間をかけながら、自分自身の中で折り合いをつけていかなければならないような気がする。「結局のところ、正義とは何なのか」、「遵法こそが、常に正義なのか」という究極の問いに対して。
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今回の事件を世間に知らしめる重要なきっかけとなった1冊。本書の著者である石塚健司氏が過去に著した『特捜崩壊』を読んだ佐藤氏が、石塚氏に手紙を書いたことから、本書が生まれることになった。