古書を購入するために1億円以上の借金を背負った。
出版社社屋で寝泊りしながら『世界大博物図鑑』を1人で書き上げた。
本の購入資金捻出のために、1日に1回しか食事せず、10年間同じスーツを着続けた。
愛書家として上記のような伝説を多く持ち、「中学生のころから、読んで感激した本の著者に手紙を書いて、勝手に弟子入りを決め込」んでいたというアラマタさんが、「なんてすごい人なんだ」と感嘆した15人に会いに行き、対談した内容をまとめた本である。
もともと2008年から2009年の間にみずほ総合研究所の会報誌『Fole』に連載されていたインタビュー企画であるが、そのすごい話は2013年の現在に読んでも新鮮に感じられるものばかり。本当にすごい話というのは、そう簡単には古くならないのだ。単行本化にあたって大幅に加筆・修正が施されており、東日本大震災について言及している部分もある。
400ページ以上にわたってすごい話が連発されるので、目から鱗が何枚も落ちること請け合いだ。披露される話が逐一すごすぎて、驚けばいいのか、感動すればいいのか、それとも笑えばいいのか分からなくなるほどである。ただ、「すごい、すごい」と言っているだけでは何がすごいのか伝わらないので、この本の何がすごいのか、3点にまとめて紹介したい。
ここがすごい①インタビュイーの生き様がすごい
あのアラマタさんが感嘆した人たちである。その経験、人となりからして、すごくないはずがない。なにしろ、天皇陛下と一緒にハゼを採集する博物館専門委員、誰もやらないことを探求するために『渋滞学』を研究テーマに選んだ学者、さらには小学生の頃から吉野作造をむさぼり読み、戦時中にはビルマで日本の傀儡政権の司令官を勤めた男を夫に持つ明治生まれの女性などが登場するのだ。
15名におよぶインタビュイーの顔ぶれを紹介するために、本書の目次を引用する。
第1章 新しいからおもしろい、未知と未踏
Ⅰ 竹村公太郎さんと楽しむ土地からの発想
Ⅱ 西成活裕さんと体を張って実験する渋滞学
Ⅲ 高田礼人さんと追跡する「変わり者」ウイルスの戦略
Ⅳ 板見智さんと検証するハゲの噂
第2章 知れば知るほどすごい、日本の底力
Ⅰ 鈴木一義さんと発掘する幕末大名の幅広い知性
Ⅱ 林公義さんと推理する天皇陛下の自然学
Ⅲ 船曳建夫さんと聴き惚れる演歌の神髄
Ⅳ 町山智浩さんと解析するコミック王国アメリカの影響力
第3章 生き物は生き物に学べ、生命の叡智
Ⅰ 鈴木晃さんと発見するオランウータンの高度な社会
Ⅱ 小松正之さんと誇る日本人の深いクジラ愛
Ⅲ 福岡伸一さんと再確認する生命の無常と有情
Ⅳ 浜辺祐一さんと覚悟を決める「人の死に方」
第4章 挑戦して悔いなし、人生の壁と坂
Ⅰ 迫慶一郎さんと乗り込む中国での街づくり
Ⅱ 四至本アイさんと突破する近代日本の大きな障害
Ⅲ 早坂暁さんと白装束で巡る死出の旅路
「お、あの人か!」と思う人もいれば、「ん、誰だっけ?」と思う人もいるだろう。もし、インタビュイーの名前をまったく聞いたことがなくても心配することはない、本書を読み終わる頃には、きっと何人かのファンになっているはずだ。心配すべきは、ついつい彼らの著作をポチりすぎて、Amazonのカートがパンパンになることだ。
ここがすごい②インタビュイーの視点がすごい
建設省で30年以上にわたって日本全国の河川行政に携わってきた竹村公太郎さんは、公共事業を考えるときはもちろん、歴史を見つめるときも「土地の都合」を考慮するという。6,000年前まで関東地方の海面は現在より5メートルも高かったこと、そして江戸時代には現在の皇居のすぐ目の前までが入江だったことを考えると、幕府が明暦の大火後に吉原遊郭を日本橋から浅草裏の日本堤へ移転させた意外な理由が見えてくる。
この移転によって、吉原へ向かう客は、日本堤という巨大な堤防の上をぞろぞろと歩くこととなる。この日本堤という堤防は、もし決壊すれば江戸中がみずびたしになってしまうという、江戸の急所であり、メンテナンスを欠かすことはできなかった。つまり、幕府の役人は、吉原へ向かう客を利用してこの堤防を踏み固めさせていたのではないか、というのが竹村さんの仮説である。客が大勢集まれば、それを相手とした屋台も集まり、もぐらや蛇も駆除してくれ、税金を使うことなく堤防をキレイな状態に保てるのだ。
もし竹村さんの仮説どおりだとすると、江戸の役人達はなんともすごい知恵を持っていたものだ。地形やインフラをベースにものごとをとらえ、設計していくことは、持続可能な社会の構築が求められる21世紀において、より重要になっていくはずだ。
文化人類学者の船曳建夫さんは、演歌・歌謡曲と各国の言語の特徴から、日本文化の有り様を考察する。建築家の迫慶一郎さんは、「100万㎥に3万人が暮らす街」という発注がありえる中国でしかできない建築を追求するなかで、新しい都市のあり方を想像する。日本の捕鯨文化を世界に発信し続けた小松正之さんは、食と文化の関係性を紐解き、外交の場における発信の重要性を訴える。1つの領域を徹底的に掘り下げた人たちの視点から見える景色は、まさに絶景である。
ここがすごい③インタビュアーがすごい
それぞれの道を究めた15人である、そんじゃそこらのインタビュアーでは、彼らの話に一方的に肯くばかりになるだろう。しかし、本書のインタビュアーは博物学者のアラマタさんである。縦横無尽に広がる本書のどの分野でもその知識を披露し、インタビュイーに新たなひらめきを与える。本書のすごい話も、アラマタさんだから引き出せたのだと思えてくる。
渋滞学の西成活裕さんが、歌の中に潜む渋滞(音の詰まり)を研究していると話し始めれば、アラマタさんはすかさず、織田信長が軍隊をスムーズに行軍させるために音楽によってリズムを取っていたという例をあげ、話は人の動きの効率性と旋律の関係性へと展開していく。オランウータンの専門家鈴木晃さんが、ボルネオで白いテナガザルを発見したといえば、アラマタさんは子どものように「見たいなあ!」叫び、前のめりで鈴木さんの話に没頭する。膨大な知識に裏付けられた無限の好奇心で盛り上がる対談からは、心地よい高揚感が伝わってくる。
世の中には自分の知らない、すごい人がたくさんいる。想像すらしたこともない、すごい話がたくさんある。読んだことのない、面白い本がたくさんある。すごい人のすごい話をすごい人がまとめたこの本で、世界のすごさ、人間のすごさに感嘆しよう。
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『銃・病原菌・鉄』のジャレド・ダイアモンド、生成文法のノーム・チョムスキー、DNAのジェームズ・ワトソンという頭がくらくらしそうになるようなビックネームの対談集である。この本に登場する知の巨人達もその年齢をまったく感じさせることのない、キレキレぶりである。レビューはこちら。
プロ・インタビュアー吉田豪が、中年となったサブカル界のスーパースターへ行ったインタビュー集である。吉田豪がことあるごとに口にする、「サブカルは40代になると鬱になる」を証明するかのように、インタビュイー達の症状が語られていく。栗下直也によるレビューはこちら。
様々なキャリアを持つ20名の仕事を掘り下げていく。いろんな仕事のいろんな調べる方法についてまとめてある。レビューはこちら。