これは、町工場のおじさんたちの青春物語のほんのはじまりの一部である。
製造業の経営者集団「心技隊」の隊長・緑川賢司は神奈川圏内最大の工業技術・製品に関する見本市「テクニカルショウヨコハマ」で、とりわけ目立つアイディアを考えていた。そして、静岡で開催された製造業仲間11人の飲み会で、由紀精密の小さなコマを目にした。閃いた緑川は、コマ大会を帰りの新幹線の中で軽く、構想した。
そして、飲み会の翌日、facebookにコマ大会の概要をアップすると、同業者たちから、数多くの参加表明が集まった。すぐに動きだした。ルールは焼き肉を飲み食いしながら、たたき台なしで30分で決めた。大会の開催実績がないにも関わらず、NHKの密着取材も決定した。
主催者の緑川の思いつきと、周囲の食い付きのよさから、あれよあれよと、準備が進んだ。
2012年2月2日「テクニカルショウヨコハマ2012」のブースには、全国から21チームがエントリー。決勝は、旋盤屋対決。コマ大会開催のきっかけでもあった由紀精密と、群馬から参戦したシンコウギヤー・カキタ製作所連合チーム。「かまえて!はっけよい、のこった!」とかけ声をかける行司、事前に企業の強みを調査して、解説をする実況席。1つ1つの芸も細かい。土俵上の争いを制したのは、下馬評通り由紀精密。
両社ともに、大会出場後に周囲から、大きな反響があった。うわさを聞きつけた地域の新聞が取材に来たり、「コマ、見たよ」と声をかけられることが増え、新たな仕事の話も舞い込んできた。由紀精密のコマはウェブショップで、いきなり3000個も売れた。
外部からの評価だけではない。社内も多いに盛り上がった。普段は仕事で、役に立つものを生み出すために使い込んできた道具を、誰にも負けないコマを作るために操作する。若手もベテランも、同業者には負けられないと、大人げない大人になって、直径2センチのコマに、職人の技術を注ぎ込む。目に見えて仕事へのモチベーションも向上した。
大会の話に戻ろう。第一回のコマ大戦は、予想をはるかに上回る感動と歓声があり、その場で、翌年の全国大会と7つのエリアに分けて行う地方大会も決定した。第二回大会のなかでも、仙台場所は大いに盛上がった。NHKの「サキどり」で全国放送され、番組史上最高視聴率を記録したという。全国大会は、第二回は今年の2月7日に開催され、参加チームは200を超えた。本書で紹介されているのは、第二回大会の地方予選までだが、少し本書の内容を飛び出して、第二回大会の参加企業を紹介したい。
第二回で優勝したのは、有限会社シオン、わずか7人の会社だ。ウェブサイトを見ても、工学系に疎い人には、何をつくっているのか、何の役に立つ部品なのか?さっぱり、わからない。
直径2センチ以上を遥かに超えているが、回りだすと同時に、2センチ以上に広がる設計となっている。回転が止まると、2センチに戻るという、ルール厳守の細やかな設計である。相手のコマの軸に狙いを定め、場外へ弾き飛ばす戦略だ。
コマの強さを競う場ではあるが、特徴的な形で話題をさらうコマや、自社技術をアピールすることに特化したコマなど、直径2センチの中に、各企業の物語と野望が隠されている。本書に登場するコマの写真を見ていると、そんな形状もありなのか!と思うものが多数登場する。
下請けとして、日本を支えてきた製造業者の技術は、その偉大さは知ってはいても、中身は簡単に理解できない。コマ大戦以前は、技術を仕事以外で、表現する場やBroC向けの製品を創る機会が、存在しなかった。
しかし、コマ大戦は、コマという歴史あるモノを通じて、町工場の持つ突出した精度や職人のこだわりを表現する場を創りだした。それは、町工場の人々の心と技術に火をつけた。コマは材質や構造は自由。直径2センチ以下であればよいという、シンプルなルールは、メディアや観客にもわかりやすく、多くの人の注目を集めることになった。業界全体のモチベーションを向上させたコマ大戦という企画とその実行力には、つい嫉妬してしまうと同時に、学ぶべきことがたくさんある。
夢は世界大会、日本の根底を支える技術と熱意がコマを通じて、世界に発信される。「もう手が届きそう」と緑川は言う。第三回でどこまで飛躍するのだろうか、早くも来年が楽しみである。
————-
「たとえ報われなくても、いいものがつくりたい!」そんな男たちを追った、涙と笑いのコミックエッセイ。ホリエモンも「エンジニアの仕事がよくわかるし、面白くて愛読しています」と絶賛したそうだ。