H&Mなどのファストファッションを使えば、1万円でフルコーディネートができる時代に、1着の服に数十万をかけるような物好きな人が世の中には存在する。私もそんな物好きの一人だ。洋服にとりつかれた者の多くは、一般の人からすれば金銭感覚が狂っている。なぜそんな高いものを買うのか?ファッションに興味がない人には理解不能だろう。なぜかと聞かれたら、こう答えるしかない。そこに服があるから……。コムデギャルソンのデザイナーである川久保玲は、このように表現している。
“いい物には人の手も時間も努力も必要だからどうしても高くなる。いい物は高いという価値観も残って欲しいのです。”(朝日デジタルより)
いい物は高い。これは事実である。しかし高いものというのは、大切に扱うから長持ちするのも確かだ。最先端のモードでない限りは、10年着ていてもまったく古びないものもある。例えばバーバリーのトレンチコート。これなどはきちんと手入れさえすれば、一生着ることが可能だ。
バーバリーのトレンチコートは定番である。これさえおさえておけば、まず間違いないというアイテムのことを定番と呼ぶ。メンズファッションにはこういったモノが非常に多い。なぜならメンズファッションの流行は、ディティールのみに取り入れられ、それが全体で表現されることはないからだ。この本の著者はその様子をこう表現している。
“メンズの流行スタイルは新しい楽譜ではなく、聞き覚えのある有名なメロディのバリエーションにすぎないのだ。”
うまい例えである。実はメンズファッションの大半は、容認される配色、標準となるシルエットなど、1世紀以上にわたって見た目はほぼ同じままなのである。つまり定番のファッションは色あせることがないということだ。この本ではそんなアイテムを51個紹介している。
定番は基本と言い換えてもいいだろう。基本をおさえることはなにごとでも大事である。洋服に関していえば、サイズさえあっていれば、定番のものだけでも十分におしゃれなコーディネートができる。リーバイスのジーンズにフレッドペリーのポロシャツ、ドクターマーチンのブーツを合わせたらスキンヘッズやパンクのスタイルになるし、リーバイスのジーンズにヘインズのTシャツ、ショットのライダースジャケットを着たら『乱暴者』のマーロン・ブランドのスタイルになる。
サックスーツの上にフィッシュテイルパーカーを着たらモッズのスタイルに。ジーンズにボーダーのTシャツ、上にピーコートを羽織ればプレッピーや渋カジといったスタイルに、パッと思い浮かぶだけでも定番だけでこれだけのスタイルが楽しめてしまう。つまり定番のアイテムがあれば十分なのだ。
そして、それらのアイテムのルーツとなるブランドがある。ジーンズならリーバイス、ポロシャツなら、ラコステやフレッドペリーといったものだ。他にもトレンチコートならバーバリーやアクアスキュータム、ボタンダウンシャツならブルックスブラザーズ、バスケットボールシューズならコンバース、ダッフルコートならグローバーオールなどがそうだ。
こういった定番アイテムはユニクロなどに比べれば値が張るが、流行に左右されないのでけっして色褪せることはない。ファストファッションで使い捨ての服を買うよりも、こういったものを長く着る。そのほうが長い目で見たら、経済的にもお得だと思うのだがどうだろうか?
この本にはその定番アイテムにまつわるストーリーがたくさん描かれている。男というものはそういったストーリーには目がないものだ。それらのストーリーを読んで、その服のルーツやエピソードを知り、ぜひとも好奇心をみたしてほしい。
これを読めば「ライダースジャケットが広まったのは、映画『乱暴者』でマーロン・ブランドが着たからだ」とか、ラコステや、フレッドペリーはテニス選手の名前だとか、スーツをはじめ、メンズファッションのルーツのほとんどが軍服にあるといった洋服に関するうんちくが、いくつも語れるようになるだろう。
またファッションにあまり興味がないという人には、ファッションの教科書がわりに読んでほしい。ここで紹介されているブランドのアイテムはまず間違いない。さらにファッション好きの人からすると、こいつわかってるな!という感じになること請け合いである。
最後にとあるデザイナーの言葉を引用してレビューを終えるとしよう。
「女性はファッションに夢中になり、男性はスタイルに心を奪われる。スタイルは永遠のものだ」
ドメニコ・ドルチェ(ドルチェ&ガッバーナ)
男性が求めるスタイルとストーリーがこの1冊にはある。
かっこよさにセンスは不要だそうだ。定番にもセンスは不要である(サイズ感だけには注意)鈴木葉月のレビューはこちら
メンズファッションの基本、スーツを知る上で参考になる本。手前味噌ながら私の書いた過去のレビュー