皮膚というものはつまり、あなたの外脳です
これは、本書で紹介されているトーマス・マンの『魔の山』(1924年発表)の中で医師が主人公に語りかける台詞の一部である。80年以上も前の作品が指摘した表皮と脳の類似性は、最新の研究成果によって、科学的に立証され始めているという。皮膚は、熱さ寒さや痛さを脳に伝える以上の働きをしているのだ。
本書で著者は、皮膚や知覚、感覚にまつわる多くの研究を引きながら、皮膚の構造から知られざる意外な機能までを説明していく。ただし、本書は単なる研究事例の羅列ではなく、生命やこころへの考察を促すものとなっている。それは、上記トーマス・マン以外にも、多くの哲学者・作家の皮膚や自己への考察と、最新の科学的知見の関係性を巧みに絡めあいながら論理展開していくからだ。身体性に徹底的にこだわった三島由紀の短編小説「蘭陵王」は皮膚の防御機能へと、中国古代の荘子は自己と世界の境界としての皮膚へと、話が繋げられていく。
”外脳”という呼び方にふさわしく、皮膚への接触や刺激はヒトの心理に大きな影響を及ぼす。ペンを前歯で咥えることで無理やり笑顔を作るだけで、より多くの「楽しさ」が感じられるようになるという。そして、表情だけではなく、皮膚への刺激もまたヒトの感情や行動を変化させるのだ。例えば、拒食症の人に、ダイビングスーツを着用し、皮膚に圧力のかかる状態で生活してもらうと、3ヶ月で有意に体重が増加したという報告がある。体毛を脱ぎ捨てた、裸のサルとしてのヒトは、皮膚を通して想像よりも多くの情報を吸収しているようである。
複雑なシステムによって外界から我々を隔て、守っている皮膚を考えることから、本書の考察の対象はより哲学的な領域にまで発展していく。外界からの刺激に大きく左右される”こころ”とは一体どこで生じているのか、自己と他者、生命と生命以外のモノを隔てる境界、違いとは何なのか。薄い皮膚を見つめることで、重厚な問いがもたらされる一冊。