アップルの新製品が発表されると、発売の何日も前からアップルストアに並ぶ人々がいる。新しいiPadが発表になったときは、銀座のアップルストアの前にこたつがあって笑ったのを覚えている。宗教的といってもいいような、熱狂的なファンが、アップルにはたくさんついている。スティーブ・ジョブズが亡くなったときには、アップルストアの前にたくさんの花が添えられた。
英国の神経科学者が調べたところによると、アップルのファンにアップル製品の映像を見せたときと、信心深い人に神の映像をみせたときでは、同じ脳の部分が反応していたそうだ。ということは宗教的というのもあながち間違っていないのかもしれない。
熱狂的なファンがいるのは製品がクールだから。それだけだと思っている人も多いのではないだろうか?実はそうではない。目に見えない部分でもアップルは他社を圧倒している。それを一番体感できるのはアップルストアだろう。ジョブズはMacでパソコンに、iPodで携帯音楽プレーヤーに、iPhoneでは携帯電話にイノベーションを起こした。そしてアップルストアで小売業界にも大きなイノベーションを起こしたのだ。
ジョブズがアップルストアをオープンするといった際、ほとんどの人たちは成功をするわけがないと思っていた。しかし蓋を開けてみたら、アップルストアは例をみないほどの大成功をおさめた。売り場面積当たりの売上ではニューヨークのティファニーを抜いて世界で一番になったのである。
どうして成功したのだろうか?その秘密を解き明かしたのが本著作である。著者はベストセラーとなった『スティーブ・ジョブズ驚異のプレゼン』、『スティーブ・ジョブズ驚異のイノベーション』のカーマイン・ガロ。全2作もそうだったが、読んでいてワクワクさせるような文章は今回も健在だ。
アップルストアの成功の鍵は「暮らしを豊かにする」というビジョンにある。従業員の暮らしを豊かにすれば、従業員は熱心に働いてくれるようになり、顧客を豊かにすれば、顧客は取引を増やしてくれる。そしてファンになった人たちは、頼まなくてもあちこちで宣伝してくれるようになる。「店舗をどう変えれば顧客の暮らしを豊かにすることができるか」これを自問自答することが、小売業界で成功をおさめる鍵になるに違いない。
アップルストアのサービスは高級ホテルにも負けないレベルにある。ジョブズが参考にしたのは上質なサービスで有名なフォーシーズンズホテルである。そのサービスを元に、さらによいものに昇華したのがアップルでのサービスである。そのサービスを実現するためにアップルがやっていることはそう多くない。魅力的な人を雇い、フィードバックを与えて人を育てる。基本的にはこれだけだ。
魅力的な人とはどんな人か。一般の企業では頭の良さや知識といったところに重きをおく。しかしアップルは違う。顧客サービスでは頭の良さよりも、人当たりの良さを重視するのだ。だからアップルではMacを使ったことがないというような人が採用され、のちに社員になるということも少なくないという。
そしてなによりも大事なのは、どれだけ情熱を持っているかということである。情熱さえあれば学歴や職歴なんてどうでもいいそうだ。商品知識などは、研修であとからなんとでもなるからだ。ハーバード・ビジネス・レビューの研究に、素晴らしい職場をつくりたければ、人物で採用し、研修でスキルを身につけさせるのが一番だという話が紹介されていたという。アップルの考え方はこれに近い。
“業界や会社を本当に再活性化したければ、業界外に人材を求めなくてはならない”
これはアップルの話ではないのだが、アップルでも似たような考え方を持っていることは間違いない。魅力的な人が情熱を持って仕事をしている。これが強さの秘密なのだろう。小売業に限らず商売というものは最終的には人にいきつく。インターネットを使えば、ワンクリックでモノが買える時代に、わざわざ店まで出向いてモノを買うのは、それ相応のサービスや体験を顧客は求めているからだ。
しかし現状はどうだろう?小売業では人員が削減されて、人というものには、あまり意識をはらってないように見える。売場で店員が見当たらないということもよくあるだろう。それではダメなのだ。これからの時代、どのお店で買うか、誰から買うか?ということが重要になってくるはずだ。
小売業にかぎらずモノを売ってお金を得ている人。つまりほとんどすべての人にとってこの本は参考になる。サービスに限らず、人の育て方、見せ方、プレゼンなど様々なことがこの1冊から学べる。考えるべきは「どうすれば売れるのかではなく、顧客にどう感じて欲しいのか?」である。そこに「暮らしを豊かにする」というスパイスを振りかけたら、あなたもアップル流のエクスペリエンスが提供できるようになるかもしれない。