いま、私は困っている。
この本、どうやって紹介すればいいのだ?
HONZの成毛代表も言っていた――
「世の中には、レビューしやすい本と、しにくい本がある」。
そして、この本はレビューしにくい。なにしろ、こんな具合だ。
(映画『ノー・カントリー』について、ハビエル・バルデム演じる殺し屋が酸素ボンベの圧縮エアガンを武器として一瞬にして人殺しをすることや、この殺し屋が死や運命の象徴でメタファーであること、原作のタイトルが日本語にすると「年寄りの生きるクニはない」だと解説した後で)
ワタシもそろそろ「前期高齢者」なので、自分の死に方を夢想する時があります。もしかすると毎日毎日風呂場でパンツ一丁でカメの水槽の水を取り替えたりしている時なんかに、ふいに背後のドアが開いて、ハビエル・バルデムが無言で立っているかもしれない。ワタシは事の次第を理解すると、ゆっくり立ち上がり、ハビエルの前に進み出るのです。そしてハビエルが、無表情のままにゆっくりとエアガンのノズルをワタシの眉間に近づけると、ワタシは一瞬で崩れ落ち、その衝撃で水槽とカメがひっくり返り、眉間に穴の開いたワタシのそばで、カメがバタバタと手足を動かしているのでした。このクニにはもうクールなものなんかないな、と思ってる前期高齢者にとっては、安楽死同然の死に様です。
映画の原題をしっかり踏まえている前提(そもそも気にしない人も多いのではないか)や、無言で立つハビエルとバタバタするカメの対比をおいてから、そこに高齢者と安楽死を重ねて来るあたり、やはりただ者ではない。って我ながらウエメセで解説してもしょうがない。
ただ、万事文章がこの調子なので、だんだん読み進めるうちにこの人の呼吸がわかってくる。漫画になじみがある人は、何度もにんまりとしてしまうはずだ。この独特の空気は、作品を読むとますますよくわかる。というよりも、漫画を読んでいないとわからないかもしれない。といきなりレビューを放棄してしまっているが、このレビューのしにくさはわかっていただけただろう。一冊通して読むことで息づかいを感じ取る類いの本は、要約が難しいために紹介しにくいのだ。
なのだが、しにくいのだが、せずにはおられない。これがいがらしみきおの魅力。ちょっとクドい文章になってきているのも、たぶん彼の影響(笑)。
いがらしみきおといえば、代表作は今も連載中の『ぼのぼの』だろう。いがらしをよく知る、映像作家のクマガイコウキさんのあとがき解説によると、このエッセイ執筆のころ、『ぼのぼの』(32〜36巻)、『かむろば村へ』(全4巻)、『I』(1〜2巻)のそれぞれの連載分を書いていたそうだ。
『ぼのぼの』については説明を省略するとして、『かむろば村へ』はなんとも奇妙な設定から始まる奇想天外な物語だ。それがいがらし作品の常ではあるが、少しだけ紹介してみよう。
お金アレルギーになった元銀行マン(大変そうでしょ?)が、お金を一銭たりとも使わない生活を送ろうと、東北の田舎の農村に都会から単身やってくる。そこで出会うのは、自称「神様」のおじいさん、やたらと親切な村長さんなど、土地のくせ者ばかり。元銀行マン、どうなる? というファンタジーのようなそうでないような。その舞台の「村」とは、「兄貴のクルマで最寄りの古川駅まで送ってもらう」とエッセイにある故郷なのかな、などと本書を読むとその背景もよくわかる。ちなみに、プロフィールには「宮城県加美群中新田町(現加美町)」とある。
子供時代の兄弟での川遊びに始まり、家出ばかりを考えていた高校生のころ、実際に出てすぐに補導されたこと、高校を中退後に仙台の身体障害者職業訓練学校に入学、卒業後に東京へ出るものの、お金に困りながら牛乳配達、プレス工場や印刷会社勤務など職を転々とし、結局地元に戻る。24歳で漫画家としてデビューするが、細かく稼ぐしかなく毎月の連載本数は22本(!)にまで達し身体をぼろぼろにしてしまう。そこでいったんリセットして……と履歴をまとめるとこうなるのだろう。ただ、それ自体にあまり意味はない。この人生があってこそあの漫画が描けるのか、と納得し、ますます漫画そのものを読みたくなるだけなのだ。
この連載は『ぼのぼの』の版元である竹書房運営の「ぼのねっと」で連載されたものだが、なぜかいがらしの地元近く仙台の「市民出版」を手がける仙台文庫から出されている。「文庫」とはいってもペーパーバックの名称ではなく(とはいっても、サイズは岩波少年文庫くらいなので手軽)、市民がボランティアとして企画、編集、経費のやりくりまでを担う新たな出版のかたちだそう。2011年1月に始動した、仙台発の「街と人をつなごう」という面白いチャレンジだ。(「仙台文庫について」の項を読むとわかりやすい。)
いがらしさんにとっても初めてとなった本の出版を祝う会も催されたそうな。
こんな紹介記事も。
新しい本のイベントが開催されたり、ブックカフェがいくつもできたと聞くし、仙台、楽しそう(笑)。今度行ってみないと。
いがらしさんも、きっとこういうチャレンジが好きなんだろうなあ、と想像する。
だんだんレビューというよりも、ただのファンのコメントになりつつあるが、好きだからしょうがない。この本の前か後かはともかく、漫画を未読の方はぜひそちらに手を伸ばしてみてほしい。細かい作品まですべて読んでいる熱心な読者とはワタシ自身いいがたいのだが、『かむろば村へ』『I』のほか、原作の山上たつひことの巨匠タグが話題沸騰の『羊の木』など、とにかく早く読んだ方がいいと思う。
善は急げ。