不景気も20年続くと、どこか貧乏くさいことが当たり前になってきた。身の回りのものを最小限にして生きるミニマリストや、モノへの執着から離れる「断捨離」が、一過性のものではなく、日本人の特性になる日も遠くないかもしれない。
その結果、少ない持ちものを大事に長く使うという、昔ながらの生き方こそが、未来に繋がるという風潮になりそうだ。『直す現場』百木一朗著はその昔ながらだが、いっぽうで未来を先取りしているような職人たちを訪ね、イラストと文で紹介した本だ。
かけつぎ、包丁研ぎ、鋸の目立て、桶のコキ直しなど伝統的な直し職人はもちろん、自動車の板金、自動改札機の修理、水族館のメンテナンスなど現代的なものまで、42の直しに関係する現場に著者は足を運ぶ。
イラストには人物は登場しない。点線で描かれた足跡やお尻の輪郭などが、直す現場に付け加えられているだけだ。それぞれの現場の個人名や会社名も出てこない。すべての登場人物は「直し人」と記述され、取材先の会社名も紹介されず、一般名詞としてのミシンの修理であったり、入れ歯の製作であったりするだけだ。
そのために、読者は現場と現場にあるモノをじっくり見ることになる。室内のイラストには広角レンズ特有の歪があり、写真をもとに描かれていると思われる。これが写真から無駄を排除した効果になり、想像力をかきたてられる。
本書は1981年から「プレイガイドジャーナル」や「大阪人」に連載された記事の単行本化である。つまり、30年前からの京阪神の直す現場を取材した本なのだが、ちっとも古くも、関西っぽくもない。
日本は30年前までには全国一律の文化になり、そして30年間あまり変化しなかったのかもしれない。固有名詞のない文章と白黒のイラストは日本の本質を見極めるのに十分な効果を発揮している。新しいプレゼンテーションのテクニックとして使えるかもしれない。